17 覆水盆に返らず
すぅ、とアルの瞳が宙を辿ったことにおや、と思った。
「リーン君、済みません。今【能力】使って無いので詳しくは分からないんですけど、なんか……学園の周りにある何か、強くなってません?」
「力使って無くてもそういうのって分かるの……?」
若干警戒を滲ませた態度に嘆息しながらその言葉に肯定を表せば、視線でこれは何だ、と尋ねられた。幸い今は学校も終わり、寮で書類やら報告やらを捌いている為周りに人も居ない。だからこうやって聞いて来たのだろうが、正直この状況で二人だけは嬉しく無い。外のアレについてネタバレしたらどういう目で見られるか位自覚はしているからだ。
「いや、分かるというか……違和感?程度なんですけど、【目】というか、感覚?」
「あー……【聖痕持ち】って勘も鋭い場合が多いんだっけ。てか、違和感覚えたの今日が初めて?」
「そうですね。多分初めてです」
もしかして【聖痕】には強くなる等の現象もあるのだろうか。今までアルがこれに気付いている素振りは無かった筈だ。未だ解明されていない能力なので確証は小指の爪程も無いが、これは一度本格的な調査をさせた方がいいかもしれない。これに気付いたのがアルで、しかも【護られる側】だから良いが、敵だったら大問題だ。
「そっか……アルが感じたアレはね、学園を守る結界だよ」
「学園を――って、学園を結界で囲ってるんですか!?この馬鹿デカい敷地を!?」
「そうそう。ベースに僕の能力入れて、同じく僕の魔力で増強させて。人は防いじゃ拙いから、所謂【魔】的な――要は【異端】を排除するように浄化に比重置いたヤツをこう、ぐるっと?」
「ぐるっとっていう範囲じゃないですよ。もしかして君がさっき魔力が足りない的な発言してたのって――」
「これの張り直しやったから」
アルが頭を押さえて蹲った。ぶつぶつと何かを呟いてるな、と耳を澄ませたら「有り得ない有り得ない有り得ない……」とエンドレスモードに入っている。そうも否定されると傷つくのだが、とその姿を眺めながら書類を捌いていると、暫くしてノロノロと顔が上がる。
「リーン君、因みにアレ、君の魔力の内どの位消費するんです?」
「SSからDまで下がるよ。アレ張ったの昨日の夜11時位で、かれこれ18時間位経ってるけどまだAA位までしか回復出来て無いんだよねぇ。流石に負担が酷くて今日明日はロクな術使えないかな」
「逆にたかが18時間で8ランク回復する事が信じられません……遅い人だと5日はかかるんじゃないですか?」
「いや、うちの軍に居る絶望的に回復遅い人なら10日は要るね。あ、因みにその人AAAランク」
ぶっちゃけると洸の弟である。折角馬鹿みたいな魔力を持っているのに、消費すると絶望的に回復しないからという理由であまり魔法を使いたがらない変わり種。勿論有事にはそんな我儘なんて言わずに黙々と作業するが、そうで無い時に使わせなければならない状況を作ると般若のような表情で迫って来るものだ。敵に回したくない人物の一人でもある。何せ医者だし。
「リーン君、軍って変じゃないと入れないんですか?」
「アル、今さり気なく僕まで変人扱いしなかったかい?」
十派一絡げにされたよな今。その態度に遺憾の意を示す為思いっ切り睨み付けてやっても、ひょい、と肩を竦められて終わる。強かな腹黒少年はこれだから変な所で扱い辛いのだ。確かに人とずれてる自覚はあるが、変人と言われる程変わってはいない――筈だ。
「因みにこの結界何時から?」
「僕が此処に来る一月前から。試してみて大丈夫そうだったから入学って形になったんだよ、じゃなきゃもっと防衛要員寄越してたし」
「成程、人件費削減が目的でしたか」
「もう少し他の言い方あるよね!?」
ウチの国そんなにお金には困ってないよ!?と訴えればにこやかに「冗談です」と返された。アルが言うと全くもって冗談が冗談に聞こえない。ブラックジョークには聞こえるが。
普段の彼の行動が垣間見える評価だ、という言葉が頭をよぎるが、言ったら果たして何をされるか分からず怖いので、自分の心の中に伏せておく。この学園特有の、頭の回転が速すぎるが故の毒舌は人の心を抉るのに大変有用なのだ。僕の心は残念ながら鋼鉄製でも防弾ガラス製でも無い。
「ったく……この結界についての補足かつ君の役割も教えとくけど、この間の一件で内部で発生されたら防げない事が分かった。調査したらあそこ大昔に戦争の現場になってたところらしいんだよね。そりゃ【異端】だって生まれるわな、って結論出て、僕以外にも警備増やすべきだろうって事になったんだよ。で、丁度良い人材として君が居た訳だ」
「君が体調不良に陥った場合も考えたら危険ですしね。というかこの間、あんなフラッフラでよく来ましたね。応援呼んだ方がよかったのでは?」
「あの位なら動けるからいいかなー、と。ホントに駄目そうだったら【レガリア】の誰かが来る事になってるよ?」
「つまり限界が来るまで呼ぶつもりはない、と。どんなワーカホリックですか」
これでは陛下が心配する訳です……とアルが大袈裟に溜息をつくが、実にその通りだと自分でも思う。これを他人がやってたら確実に実力行使で止めさせているだろう。自分だから許容しているだけで。尚、一つだけ付け加えると僕は決してマゾでは無い。
「だってさ、もし僕が「戦えません。ヘルプ」って連絡入れたらどうなると思う?」
「……【レガリア】の誰かが派遣されて、君は病院送りでしょうか」
「正解は【レガリア】の暇人+仕事ボイコットした奴等が総力上げて学園に押し寄せた上、僕は速攻入院、コクオウヘーカと軍医長監視の下で二十四時間看護体制に入る、だよ」
「なんて過保護な」
そう思ってくれるのか。やはりアレは過保護で合っているのか。その真っ当な意見に全身全霊で賛同すると、僕の事を憐れなモノを見るように眺めて来た。そうか、僕の生活は憐れだったのか。なんか納得した。
「でもまぁ……最年少オーバーSに【聖痕持ち】でローゼンフォール家の者、と考えたら妥当な扱いな気もしますよ。てか、そんな扱いをされるようになったのは君が最初にそういう態度を取ったからでは……」
「ふふふ……ハンプティ・ダンプティって怖いね」
「あぁ、ホントにそれが原因だったんですか。一度そういう物だと彫り込まれたら、リーン君が助けを求めるのが異常事態だと思われますよそりゃ。覆水盆に返らず、です」
「零れたミルクは元に戻らない?うん、痛い位に理解したよ……」
自分で自分の首を絞めるってこういう事なんだね、と虚ろな瞳で頷けば憐みの視線はより強くなる。態々自業自得というのを彫り込むようにお互い違う言い回しをして、それが余計僕を虚しくさせた。確かに昔後先考えずに強がった自分が悪い事は重々承知させられたが(何せ痛い目に会う、がリアル痛いのだ)それに対し現在本気で後悔していない辺り自分は案外馬鹿だな、と思う。
「そ、それよりリーン君、何故メイ君の入隊時期をずらすんですか?僕と一緒でもいいのでは――」
「フォロート侯爵領で今審議中なんだって。領地経営すら教えて無いのに軍職に就かせていいのかって」
「あぁ……馬鹿ですもんね、メイ君」
軍に入って時間が無くなれば本格的に勉強しなくなりそうで怖い、というのがフォロート侯爵の言い分だ。彼の熱意の方向性にはフォロート家一同が頭を悩ませているらしい。貴族の子弟としてそれもどうかと思うが、メイらしい、という言葉が一番しっくりきて、それに笑ってしまう。
アルも同じ感想を抱いたのか、噛み殺しきれていない笑いが漏れ、それに口元を抑えた。愉快気にくつくつと肩を揺らす姿は微妙に優越感を表している気がする。が、なんというか、性格の悪いそれが滲み出ている感があった。
「馬鹿だから、が理由で軍に入れない上、入る気無かった僕に抜かされるとか正直面白すぎます。リーン君、後輩として今度メイ君弄ってもいいでしょうか?」
「どうしてそう唐突にドSスイッチ入ったのさ!?駄目に決まってるでしょ!」
他人の不幸は蜜の味です、とそれはそれは幸せそうに呟いたアルの性格は実に歪んでいる。どうしてこの年齢でこうなってしまったのだろうか。昔は可愛かっ……かわ……い、かった?
「どうしよう、昔から君の性格変わってないんだけど」
「おや、それを言ったら君は激変の域ですよ。転校して来た当初なんて、無表情でロクに口も利かないかと思えばサラリと皮肉を言う実に嫌な子だったのに」
「……それ君にだけは言われたくない」
いや、余裕なかったんだよあの頃は。子供の教育上大変宜しくない所で育ったうえ、革命だ戦後処理だとてんやわんやしてた時期が少し落ち着き、漸く人生で多分初めて同い年の子と生活を始めたのだ。そりゃあ歪みもする。
しかしそんな生活送ってた僕と同等の毒舌家だったアルは本当に謎だ。
「ふふ……本当に懐かしいですよ。君にべったりなメイ君とそれを物凄くウザそうに対応する君を見てるの、地味に好きでした」
「それ、人の不幸は蜜の味ってやつじゃないよね」
「それも2割位入ってますけど、一番はあのメイ君が自分から懐きに行った事ですね。貴族には取り入っておけ!な風潮だった所為で、あの頃のメイ君割と閉鎖的でしたし」
革命からまだ3年しか経っていなければ貴族への恐怖心は確かに残っていただろう。その結果、貴族に取り入るか一切関わりを持たせないかの二択だったことも理解出来るし、この学園へ子供を入れた以上、前者一択だったのもよく分かる。僕だってただの平民ならそうしただろう。
「そう考えると、よく君メイの友人やってたよね。色々面倒だったでしょ」
「ええ、宿題やってこなくて怒られ、魔術で机一個駄目にして怒られ、貴族だからと群がられる彼の隣の席になったのが運のツキだとこっちに来て二週間で悟りました。隣だからと一緒に後始末を押し付けられてるうちに何となくほだされましたけどね。悪い子じゃなかったんで」
「……それは、お疲れ様」
メイは初等部の最初からここに居たらしいが、アルは革命直後に転校してきたと聞いていた。が、まさかメイとアルが友人やってる理由が偶々隣の席だった、だけならともかくこんな妥協まで含まれてるとは予想外である。そして、悪い‘子’じゃないって、君も子供だっただろう。
「だからこそ、結構驚いたんですよ。メイ君が初見で君に懐いた事」
「それ、多分同じ貴族だからってのが大きいでしょ。あの頃学園にいた貴族って、メイと高飛車系子爵家子女だけだったんでしょ?」
「あと男爵家の女子が一人、ですね。まぁ確かに大貴族というのは大きかったでしょうねぇ。メイ君で慣れ始めていた僕ですら、君の扱いちょっとどうすればいいか分かりませんでしたし。ましてや元平民なんて聞いても居ませんでしたから」
確かに当初は誰とも馴れ合う気にもなれず、貴族と言えば近づいてこない事に気付いてからは尚更隠すようにしていた。まぁ、一人貴族だから近づいてきた奴は居たけど、それさえどうにかすれば一人で居られるというのは一部の例外以外の人間と親しくなる事を避けていた僕にとって、とても楽な事だったのだ。
「そりゃ敢えて言ってなかったからねぇ。それにしても、今の僕ってメイの粘り勝ちで人格形成されてる気がしてきた……」
「あー、そうかもしれませんね。ストーカーのようにリーン君付け回してましたし」
「あれはウザかったなー……しかも向こうに悪気が無いし、怪我させたらフォロート侯に申し訳立たないから危害加える訳にもいかないしで最終的に諦めたよね」
子供って凄い。何言われてもガン無視、視界に入っても見えてないフリ、ストーカー行為へは部屋から閉め出して放置、と今思えば苛めに近い事やってたのに諦めずに寧ろ燃え上ってガンガン来たんだから。いや、ポジティブ人間メイだからそんな反応だったのか。
最終的に色々あってほだされて、周りを多少受け入れればエンスがガチ泣きで感動して、それがウザくて今度はそっちを無視して違う意味でガチ泣きさせて―――うん、ただの反抗期だったんだな。早かったけど。
「リーン君に受け入れられた時のメイ君、そりゃあ光り輝いてましたしね。メイ君もそれのお陰で開放的な性格になりましたし。本当ありがたかったです」
「うーん、そこは僕としてもありがたかった、のかなぁ?この前みたいに倒れかけても誰かしらが助けてくれるから楽出来てる訳だし。ま、僕的には今の大勢でつるんでるのも楽しいけど、メイが無事に軍に入れて改めて3人のコミュニティが戻るってのもちょっと楽しみなんだけどね」
メイの夢が具体的に何かは知らない。ただメイが悩むくらいには難しい夢なんだろう。
それでも、あれだけ叶えるんだと意気込んでいるなら。最初の一歩くらい僕が手助けしてやりたいとは思う。それが今の、息がしやすいこの生活を与えてくれた彼への恩返しだなんて、本人には死んでも言ってやらないけれども。




