15 進む準備
アルの【聖痕】発覚事件、もといヴィレット学園【異端】侵入事件から早二週間。
その間に僕の誕生日(玉の輿狙いのお姉様方に襲撃されて終了)や小テスト(普通の学校なら中間試験レベルらしい)やスゥさん激怒事件(一つ下の貴族の男子が何やら彼女を怒らせたらしく前髪を燃やされていた)等があったが、概ね平常通りの日常だったと言える。日常とは非日常の塊なのだ、と悟った今日この頃。
そんな基本的に平穏な中、今日漸くアルの軍服が届いた。
「意外に動きやすいんですね。少し重いのが難点ですけど」
「生地が厚いからね。夏は礼服以外は全部着るなんて戦時以外は有り得ないから安心して。まぁ仮想敵国が比較的北の方が多いっていうのが重さと厚さの原因だし諦めてね」
「ヴィレットは南北に長いからその辺りの配慮が大変なんでしょうねぇ」
因みにウチの国、最北端で氷点下40度まで下がった事があるが、同じ年に最南端付近で40度以上に達している。砂漠も無いのに寒暖差の激し過ぎる国として世界的に有名なのだ。お陰で軍服のバリエーションが豊富だ。金がかさむ原因でもあるが、こればかりは如何ともしがたい。
まぁウチは前王時代革命起きる程酷かった原因が戦争に向けての搾取、しかも戦争はやらなかったから国庫だけはまともなので、そんなに苦労はしていないのだが。おまけに城にあった装飾品も結構売り払ったから復興支援も無事進んでいる。技術自体も決して遅れてはいなかったのでそれを基盤に、学者等を呼んで農業復旧やらインフラ整備やら民営企業のお手伝い(金銭面含む)やらをやったので、それこそ今では世界トップクラスに帰り咲いている程である。逆に言えば、やれば出来たのにやらなかった今までがおかしいのだ。
「取り敢えず、その服試着して今晩10時に屋上来て。偶にその魔力込めた軍服が相性悪くて上手く魔法が使えない人とか居るんだ」
「そもそもこれ何の魔力が込められてるんです?」
「視ても良いよ。軍事機密だけど他国も似たような事やってるしね」
現在アルの能力は僕(上官)の許可なしに使う事は非常時以外禁じられている。【聖痕持ち】としては大変緩い縛り方の理由は目を塞いで生活するのは無理だからだ。どうも瞼に阻まれると能力発動が難しいらしく、本人曰く「置いてある物が青リンゴか赤リンゴかの差程度しか分からない」ようになってしまうらしい。
非常に分かりにくい表現に戸惑ったが、要するに表面上の色や形等を掴むのが精々、その物体の情報――リンゴで例えれば糖度や種の数、栄養価等――は視れなくなるそうだ。だから普段は目を細めて自分でも見ないように戒めていたらしい。糸目を作って生活するとは何とも器用な事である。
尚、僕の【聖痕】がチョーカーで隠され(アルと同じく障害物があると発動出来ない)更にそのチョーカーが自分で解放不可能な【封印具】の役割をしている事を考えると、とんでもなく軽い制限だと理解できるだろう。
「これは……硬化魔法、と治癒?というよりも回復促進ですか。礼服の方は硬化魔法だけなんですね」
「礼服で戦闘とか普通無いからね。それ着なきゃいけない時の警護体制とかオーバーS3人用意しないと突破出来ないんじゃね?って位だし」
「おまけにヴィレットはオーバーSの宝庫みたいな国だから、万が一突破されても自分と同等の実力者に食い止められる、と。成程流石です。えげつない」
現在世界に居るオーバーSの総人数は僕含めて200人弱である。総人口が70億程度だったので、単純計算で3500万分の1、どれだけ僕が異常なのか浮き彫りになる実に嫌な値である。そんな超少数のうち6人もうちの国に居る、というのは他の国では見ない。幾ら国土面積の問題があるとしても、だ。ウチより広いミッテルラントなんて2人しか居ないそうだ。他国も似たような物。お陰でヴィレットはとても冷たい目で見られていて、仮想敵国はガチで対立するし、襲われたくない国は媚びへつらってくる、という究極の二択である。同じ位の国力があれば貿易相手としてもお互いを優遇するが、まぁその程度だ。
故に、ヴィレットの戦闘力は化学兵器抜きにした場合、天元突破状態だ。
「その‘えげつない’に君も加わる事を忘れないでよ。【聖痕持ち】+オーバーS5人+両方持ち1人、これだけ軍事力があってもウチは弱いんだから」
「他の列強と比べれば遅れている、程度の認識で良いでしょう?まだ地方の農村部との経済格差があるのは分かってますけど、他国もそんな物では?」
「魔法に頼り過ぎて市民の科学的な生活水準が安定してない。魔導具に偏りがちなのを如何にかして電化製品に変えたいんだよ。生産安定とかの問題で」
「魔導具は職人技ですからねぇ……」
発電所は完全に整備してあるのに、電化製品があまり普及していない(最近漸くクーラーが普及し始めた)ので電力不足とは縁が無いし、電気屋での在庫切れとも残念ながら縁が無い。やはり魔法至上主義は中々抜けない、というところなのだろうか。
「そもそもこの学園自体が魔法に偏ってますよね。設備全般」
「古いから」
この学園、創立30世紀を軽く超えるだけあって軽く博物館状態だ。勿論何回か建て替えもしているのだが、流石にあれだけ荒れてた国が此処の設備を整えている訳が無い。この間どこぞに移された元中等部寮は700年前に建てられた赤煉瓦建築な上、若干隙間風が入って来るしランプはオール電化ならぬオール魔導具。捻る蛇口もシャワーもコンロも全て魔導具という具合だ。
ところでこの学園、そろそろ水道だけでも現代式にするべきだと予算案を提出するべきか。
「それにまだ軍でも魔導具が主流だからね。ウチの国は何だかんだ言って魔法離れ出来ないんだよなぁ」
「それだけの魔術師が常に産まれて来る、と考えれば良い事ですよ。まだ情勢のきな臭さは治まらないんですし、戦力が多いに越した事は無いかと」
「それが余計な戦争生まなきゃいいんだけどねー」
正直、もう争い事は御免だ。疲れた表情でレーションを貪る兵士や、血と汗と煙とすえた臭いの混じる戦場、凍えた地でボロ切れを纏って蹲る民衆。落ち窪んで絶望を訴える瞳も、道端に転がった子供の骸も、全て国の疲弊が齎した産物。それらを覚えている最後の世代の僕等以降は、多分争いの怖さを知らずにまた過ちを犯すのだろう。僕がそれを止められたらどんなに良いかと心の底から願うけれど、多分それは叶わない。
自嘲気味にそこまで考えて、気分を入れ替える。これは未来ある若者同士で語る話では無いだろう。戦場を知らないアルは、ただ国の未来を夢見ていれば良い。
「さて、暗い話はここらで切り上げて、色々書類仕上げちゃおうか。受け取り証明書とか、小道具の扱い規約書とか、誓約書とか色々あるんだよ」
「流石お役所仕事。面倒な手続きがてんこ盛りですね」
「こればっかりは省略出来ないから笑顔で毒吐かないでよ……その書類、【聖痕持ち】用の超重要機密書なんだからね。僕以前に使った前例が半世紀近く前まで遡らないと無いような物だよ?」
しかもその半世紀前の【聖痕持ち】はゼラフィード生まれの姫君らしい。確か現ゼラフィード当主の母親だったか。そんな方と同等レベルに扱われるなんて栄光ある事、なんて陳腐な表現で片づけて良い物か。あの家の格の高さは家の歴史でも王族の血でも無く「無能が生まれない」と揶揄される程の潜在能力の高さだ。
「半世紀前……まぁ国土面積考えたらそんなもんで産まれる……んでしょうかね?」
「さあ、こればっかりは妥当な数値を出すにも出せないからねぇ。輪廻転生方式に一代一人限り。しかも常に全40種弱が揃ってる訳じゃないんでしょ?この能力」
「……40弱、まぁそうですね、全員揃うなんて普通あり得ませんね」
一瞬思案するように動きを止めたアルが、納得したように一人頷く。計算でもして諦めたのか。頭が良すぎるのも考え物だよな、と暗記力にしか自信の無い文系人間な僕はぼんやりと相槌を打つ。因みにアルとソルト、スゥさんが理系で僕は文系だ。ネリアさんは……全体的に成績が宜しくないが、多分文系。メイは数学と社会がまだマシという、どちらか判断が付かない状態だ。社会も領地経営の為と貴族の嗜みとして叩きこまれただけだろうし。
「ところでリーン君、これらの書類にサインするのは構わないんですが、僕が正式に兵として扱われるのってどれくらいなんですかね?母が暴走してるから早く連絡が欲しい、と父から泣きが入りまして」
「あー、アルのお母さん強烈だからねー。この書類最優先で回して、エンスの空いてる時と合わせると……来週の休日かなぁ?でも呼ばないんだよね?式には」
アルの両親は遺跡の発掘作業に携わっているらしい。遺跡、と言ってもただの昔の建造物という訳では無く、古代魔法によるトラップが掛けられた危険地帯のそれだ。国家試験に受かった人以外は侵入すら禁止される場所の最前線で解析・発掘・考察を行うその仕事はとある雑誌で「今一番危険な仕事」ランキングトップに君臨する程である。アルが学力も魔力も高いのは、多分その辺りが関係しているのだろう。カエルの子はカエル。エリートの子はエリート。
そう言いつつも彼の妹はごく普通の小学生……ではないが、学力的にはそうらしいので、これに全てを当て嵌めて良いとは言えないのだが。もっとも、アル妹は間違いなくそんな事さらさら気にしない性質だが。
「式の日辺りはミッテルラントに居るとか言ってましたからね。母が来たがってるらしいんですけど、流石に他国での仕事を放置する訳にもいかないと父が嘆いてました」
「あぁ、それで暴走ね……日程ずらす?」
「いえ、母が式に出席したら間違いなく僕の面目立たないのでお願いですからずらさないで下さい」
最後の方の口調が随分必死である。アルのお母さんは――初対面の僕に「アルの彼女?」と言ってきたツワモノである。女顔の自覚は腹立たしい事にあるが、制服着たままで言われたのは初めてだった。おまけに全力で否定したら「あら彼氏?アルったらその歳で目覚めちゃったの?」とのたまい、純粋無垢な少年少女の前で何を言っているのかとアル父に全力で止められていた。因みに最後の言葉は当時9歳だったアルには分からなかったらしい。分かったらドン引きしていたが。
「了解。確かにあの人が出席する式には……正直出たくない」
「気持ちは重々承知しています……本当に、ウチの親が申し訳ありませんでした」
「いや、アルが気にする必要はないからね。今更だし、散々謝罪は受けてるし、何より被害者僕だけじゃないし」
アルがこんなに常識人に育ったのは反面教師というやつなのだろうなぁ、と無性にアルを慰めたくなる。僕は自分の本当の親を知らないからあくまで想像だが、自分の親がああいう暴走をしているのを見たらきっと居た堪れないであろう。まぁ僕の境遇から言えば、あの時代背景を考えると親は飢えて野垂死んだか、貴族の玩具にされたか、口減らして僕を捨てたのかの三択で間違いないからそんな存在に希望すら持っていないのだが。
「取り敢えず、両親も妹も親類も出席予定無いので、その辺りの考慮はしなくて大丈夫です」
「じゃあせめて軍服着てる写真だけでも撮って送ってあげなよ。なんならオーバーS+国王付の豪勢なのでも撮らせようか。末代まで誇りになりそうだし」
「あの方達と一緒に写るなんて身分違いにも程がありますよ!?」
「大丈夫、それ言ったらオーバーSの半分が貧民層出身だから」
オーバーSは文字通り才能次第なので、身分なんて関係ない。洸なんて小学生すら出ていない程である。今のオーバーSの構成は没落貴族、国事行為の裏方一族、元貧困小児労働者、市民層上流階級、スラム街出身、そして捨子の僕である。こうして並べてみると随分と酷い。この事をアルに話してみると、形容しがたい表情になった。
「……意外に出自はアレなんですね、皆さん」
「だから身分なんて大した事無いんだって。アルの身分、僕等からすれば普通に高めなんだよ。中流市民層出身って」
こうして上げた例が酷過ぎると言えばそれまででもあるが。現在どんなに階級が高かろうと、元がこんなのばかりなのでオーバーSは貴族連中からは割と白い目で見られていたりする。口に出して言う程の馬鹿は流石にあまり居ないが。実力行使で返されたら敵わないのを分かっているから。
「まぁ今はそんな話より、書類仕上げちゃおうよ。これからは身分なんて関係ない国になるんだし。ね?」
「それを言い切る所が素晴らしいですね。まぁ、高官が宣言した以上、その言葉を信じさせて頂きますよ」
そう言って勝気に笑ったアルに、僕はニヤリと笑い返して応えた。




