12 銀の英雄
「さて、じゃあ少し、話をしようか」
言外に【聖痕】の事、と滲ませるとアルの表情が瞬時に固くなる。そんな風に表に出た警戒心を見て、より一層彼が辿って来た道を理解してしまった。
【聖痕持ち】は貴重だ。最高峰のレアスキルとして扱われ、大凡の能力者が国の最高軍事力の一端として崇め奉られる。この能力を持っているという理由だけで、一領地を得た者も少なく無い。それ程貴重で大きな力だ。
しかし、それ故に僕等は様々なものから狙われやすい。金と権力を求める、馬鹿な大人達に。
「僕はこの通り、既に国に能力を売っている。ローゼンフォールに拾われた以上、選択肢は無かったけどね。だから、君が今恐らく迷っているであろう心境を、完全には理解してあげられない」
【異端】と戦い慣れていたアル。警戒心の強さも秘めている。そして彼の能力【示す者】は、嘗て六大帝国の一国、ルーネイド帝国の領土を倍に拡大した事で有名な軍師が持っていた事で有名だ。万が一誰かに知られたら、大変な事が起きていただろう。こうして彼が無事に平穏な生活を送れていたのは偏に、場と時と人を読む潜在的な才能故だと思われる。
そう易々と、今まで隠し通して来た物を言いたくはないだろう。逡巡しているようで、コツコツと足で地面を軽く叩く音が暫く響いていた。アルの悩んでいる事を反映するその音を静かに聞き続ける。暫くして、その音はふつりと止まり、アルが顔を上げた。
「……リーン君、僕はずっとこの能力故に周りを気にしていました」
「……うん」
「僕の生まれはフォロートのとある村です。母の実家があったのと、あまり政情が宜しくない状態だったのでそこで育ったんですが、能力が呼び寄せた【異端】に何度も襲われました」
「……うん」
「偶々母が強かったので村は如何にか保たれましたし、村の人も良い人達ばかりであそこでは普通に生活出来ました。革命期もあのフォロートでしたから、ギリギリ飢えもせずに平穏に暮らせたんです。【異端】の襲撃も何故か僕が4つになって暫くしてから無くなりましたしね。――ただ、この学園に入る事になって、帝都に出て来た時に一度、攫われかけました」
彼のはそこで終わったのだろう。非日常が一度でも入ってしまった生活を平穏とは呼べない。その淡々とした口調に何も言えず、無意識に枕を握り締めた。
「丸一日、倉庫に閉じ込められて、次の日、偶々軍の取り調べがあって救出されました。もしあの時軍が来なければどうなっていたかは、考えるまでもありませんよね。だからこれでも、この国に――あの当時、取り調べなんて真っ当な事をやっていたのは、陛下の私兵でしょうから――エインセル陛下に感謝してるんです。ああやって攫われたただの田舎の子供を取り返そうとしてくれた事に」
「でも、それは未然に防げなかった」
「それはまぁ、そう言ってしまうと否定出来ないんですけどね。革命前の事ですからから治安は悲惨でしたでしたし、そこまで高望みはしませんよ。取り敢えず、この感謝している、というのを重視して下さい」
「……詰まる所の結論は?」
話の流れから何となく察した。もしかしたら、僕が居た所為で彼は――
「丁度いい機会です。どうせこのまま何かに怯えて暮らす位なら、この能力を陛下に売って差し上げましょう」
アルはとても晴れやかな笑みを浮かべた。吹っ切れたようなその表情は、責任感を覚えた僕にはとても心が軽くなる程明るかった。が、その言葉に一つ引っ掛かるものを感じる。
「――――何で上から目線?」
嫌な予感がしつつも、思わずその違和感に問い掛けてしまうと、アルはまるで明日の天気は晴れですよ、と言わんばかりの軽さで答えた。
「リーン君、僕はまだ学園に通ってたいんです。任務とは言え、君みたいな例外も居ますし出来ますよね?何よりこの能力、まだ落ち着いて無いこの国には喉から手が出る程欲しい物じゃありません?」
アルの背後に黒い物が見えた。あれ、こんな雰囲気だっけ、と呆然とアルを眺めると、ドアの向こうからクツクツという笑い声が聞こえて来る。それに首を傾げたアルとは裏腹に、僕としての感想は「やっぱ居たのか」だ。
「そこで笑ってるダメ上司、とっとと入ってこい!」
八つ当たり気味に少し声を張り上げて、しかしそれに喉がやられて咳込むと、慌てたように扉が開く。そこから顔を見せた‘彼’を見て、アルが息を呑んだ。
「リーン、大声をだすな!」
「ゲホッ、君、が、言うな……エンス」
早足で近づいてくるエンス――グレイ=エインセル・A・ヴィレットにアルが慌てて最敬礼を示す。【銀の英雄】と揶揄される事も多いエンスは、緊張のあまり石の様になっているアルに少しだけ寂しそうな顔をして、頭の上に軽く手を置いた。
「そんなに緊張しなくていい。私はただ可愛い弟の見舞いに来ただけだ。ほら、顔を上げてくれ」
「その可愛い弟さんが倒れた原因は恐らく陛下ですがね」
「まず弟になったつもりは欠片も無い」
後ろからついて来ていたアズルが不機嫌そうに毒を吐いた事に便乗して、僕も嫌悪感を露わにすると非常に情けない顔になった。これが国王の顔ですよ、とプロマイドにでもして売りに出したら果たしてどうなるだろうか。――美形は正義、で片付きそうな気もするが。
アルはエンスの許可におずおずと立つが、先程までのように椅子に座り直す事は無く、一歩下がってエンスに席を勧めた。それに笑顔で礼を言ったエンスが遠慮せずに座ったのは、アルの緊張した雰囲気を感じ取ってだろう。
「ほら、こっちでリーン君の診察してますから、アル君に謝ったらどうですか?」
「そーだね。それに今までの盗聴魔法で聴いてたでしょ。人の部屋に何魔法なんてかけてくれやがったんだよ。プライバシー考えて」
「……お前ら、私の事を本当に王だと思ってるのか?」
その質問には敢えて答えず、先程打たれた薬が効いてきているかを確かめる。聴診器やら何やら、一しきりごく普通の診察をしている間に、横ではエンスが改めてアルに謝罪をしていた。
「済まなかったな、勝手に話を聞いてしまって。【聖痕持ち】では苦労しただろう。入軍は寧ろ此方からお願いする立場だ。君の意見を尊重して、学園での学びを優先してもらおう。卒業するまでは軍務もそう大変な物は回さないつもりだ」
「い、いえ……そんな待遇の良い事……」
「アル、何謙遜してんのさ。さっきまでの威勢は何処に消えたし」
しどろもどろになるアルは面白いが、同時に可哀想にもなって横から茶々を入れてやると、泣きそうな目で助けてくれと訴えられた。あまりの切実さに、国王ってそんなに凄い存在だったのか、と今までの暮らしで感覚が麻痺していた事を悟る。
「あー……まずエンス、一応自己紹介したら?」
「それもそうだな……なら改めて。知っているとは思うがこのヴィレットを治めさせて貰っている、グレイ=エインセル・A・ヴィレットだ。君の事はリーンからよく聞いていたが、本当に軍に入って貰えるとは嬉しい限りだよ。まぁ、慣れたらで構わないから私の事は公式の場でなければ気軽にエンスと呼んでくれ」
「は……お初にお目にかかります。リーン君の学友のアルト・ヘルダーリンです。この度は拝謁賜り誠に光栄です」
その堅苦しい挨拶に苦笑気味なエンスは兎も角、咄嗟でここまでの台詞が出て来るアルに感服した。これで14とか、貴族として教育を受けた人でもここまで有能なのはそう居ないだろう。流石ヴィレット学園生。
「アル君、悪いけど堅苦しいのは止めてやって。公ならまだしも、陛下自身は育ちがアレだから堅苦しいの好まないんだ」
「リーンの言う通り。元が第3王子だった上、父から嫌われてた身でな。貴族の中でではなく若い士官兵と共に居た所為で、どちらかと言えば崩した態度の方が慣れてるんだ。畏まられるのは正直むず痒い」
国王が言う台詞とは思えないそれにアルがどう答えればいいのか悩んでいる。僕としては笑えばいいと思うよ、と言いたかったがそれよりも頭痛が酷くなってきている事が問題で、何も言わずに口を噤んだ。伝えたら騒がしくなるのが目に見えているので何も言わずに黙ってアズルから投薬されるのを待ってると、それ以前に静かすぎて気付かれたらしい。
「リーン君?どうした?」
「……何でも無い。それより、もう夜も遅いし、アルを休ませてあげたら?」
時刻は11時過ぎ。寮で10時には消灯、つまり寝ている事を考えるとそこそこ夜更かししている、という事になるだろう。これを言い訳にそろそろ休ませて欲しい。よく考えれば朝からあの体調で、よくここまで意識が保っている。平気なふりをしているのも本格的に限界が来たようだし、話を早く切り上げて休みたい。心配をかけるのは不本意だから、アズルには無理でも出来ればエンスとアルには秘密で。
「それもそうだな。今部屋を用意させる」
「いいいいいいえいえいえ僕なんて床で構いませんのでええお構いなく!」
城に泊まるなんてとんでもない、とたじろぐアルの様子にエンスが困った顔で此方を見て来る。あぁ、まぁエンスは一般人(士官兵を一般人とは呼ばない)との初めての触れ合いみたいなものだから、普通の感性は分からないか、とその反応に納得した。そもそも平民として暮らして来た筈の僕も忘れてきてる位に、‘普通’とは僕等の世界からは遠い代物だ。
「アル、僕はこのベッドから退けないし、そこのソファでも使う?床よりは確実に寝やすいよ」
「……お願いします」
此処で漸く落ち着いたか、と思った矢先、アルがソファを見た瞬間また話の流れが変わった。
「……リーン君、あれは俗に言う‘失神ソファ’なるものでしょうか」
「……なんで君はそういう事まで知ってるかな」
視線の先には背凭れがアシンメトリーで妙に座る幅が広いソファが一つ。本来であれば、この部屋――僕、つまりは男の部屋にあるべき物では無い事も知っているらしい。元々はコルセットの締め付けで気絶した貴婦人の為のソファ兼ベッドだ。
「リーンは【封印具】の影響で昔からよく倒れていたからな。こうして部屋を軍用宿舎でなく王宮内に用意しているのも、ある意味それが一因だ」
「このベッドは寝やすさと装飾重視で緊急の診察には向かないからね。特別に用意させたんだ」
「……君、本当に【封印具】なんて付けてて大丈夫ですか?」
本当に、今日一日でアルから僕がどう見られているかがよく分かった。心配よりも呆れが勝っているとはどういう事だろうか。病人を労わって欲しい。尚、病人らしからぬ行動を起こしたのが僕自身である事は、敢えて棚に上げよう。
「そろそろ年齢的に考えて【封印具】の数値を下げようと思っていたからな。もう暫く位なら大丈夫だろう。なあ、アズル」
「此方としては早くしてほしい位ですが、他国や貴族との情勢を鑑みたら仕方ないですね……夏までには最低Aランクまで封印レベル下げて下さいね?」
A、と言っても恐らくAAに近い所まで調整されるだろう。あの学園なら多分相当浮くとは思うが、中学生ギリギリでAならあり得る。僕と違い素でだが、初等部高学年でAAを記録した猛者も居るから、久しぶりに恐ろしいのが現れたな、程度の扱いになるに違いない。世の【天才】というのは本当に怖いものである。僕が言えたことでは無いが。
「さて、今日はそろそろリーン君の顔色も酷いし下がろうか。ほら、薬飲んで……というか、起きれる?」
「……支えを希望します」
起こして貰っても暫くは頭を動かした所為による眩暈と格闘。落ち着いた所で漸くノロノロと薬に手を伸ばしたが、動いた事で吐き気が増してまた止まる。漸く水で薬を流して、という動作だけでざっと5分は経ってしまっただろうか。エンスが侍女を呼びつけて毛布を運ばせた上、寝間着代わりに医療塔から着替えも運ばせたらしく、アルが戸惑ったように立ち尽くしている。
「じゃあ私達は退散するか。あぁ、アル君、悪いがもしリーンが本気で拙い事になったらそこの【魔導具】のスイッチを押してくれ。医療塔に直ぐ連絡が入るからな」
「風邪じゃないから看病とかはしなくて大丈夫。だから安心して寝ていいよ。それと、シャワーならそっちにあるから、好きなように使ってくれて構わないよ。棚の中に新しいタオルも入ってる筈だし」
「ええと、はい……何というか、有難うございます」
僕の部屋なのにここまで完全に把握されているというのは如何な物か。確かに此処には月に数回しか滞在しないが、本当にプライバシーは何処に消えたのだろうか。
「それと、明日は8時に使用人を此方へ向かわせる。それまでに起きられたら最低限の支度をしておいて欲しい。リーンは居ないものとしてくれて構わないからな」
「……エンス、いつか、ぶっとばす」
扱いが酷過ぎて唸るように呟くと、おお怖い、と部屋から逃げられてしまった。去り際にアルに手を振って出て行った辺り本当に軽い。アズルがそれを見て重苦しい溜息をついた位に、だ。
「あーあ……アル君、ウチの陛下本当にあんな感じだから、そう固くならなくて良いよ。好奇心の塊みたいな性格してるから、色々話をしてやってほしいしね。明日は朝食一緒に食べたがるかもしれないけど、まぁ精々学校の先生程度の扱いしてやれば十分だと思うから」
「初めての一般人とのかかわりだから、常識がちょいちょい違うと思うけど、まぁメイと僕で慣れてるでしょ?」
「あー……その辺りは大丈夫ですけど……本当に国王陛下をそんな扱いして良いのか」
アルのその尤もな戸惑いに、しかし僕等は生温い視線だけを向けて何も言わずに放置した。エンスは多分、近所に住むお兄さん扱いをするのが一番喜ぶと思う、という感想は呑み込んでおこう。




