11 Sランクオーバー
【瞬間移動】、それは無属性魔法の最高峰に位置する空間制御の術式だ。空間を歪め、対象物を魔力で移動させる使い勝手の悪い術式。
もう一度言おう。対象物を【魔力】で移動させる術式だ。
「ゴホッ!ぅ……ゴホッゴホッゴホッ!」
「え、リーン君!?」
「お前どんだけ弱ってたんだよ!?今アズル呼んで来るから部屋入って待ってろ!」
急激にかかった負荷に耐えられなくなり、えづくように何度も咳込む。アルの背からバランスを崩して落ちそうになったのは何とか止めて貰ったが、咳は中々止まらない。あぁこれはヤバいな、と何処か他人事のように考えて居ると、ぐるりと視界が回った。眩暈か、と一瞬思ったのだがそうではなく、如何やらベッドの上に転がされたらしい。何時の間に部屋に入ったんだ。
「リーン君、済みませんが‘視させて’貰います」
冷えた手が額に触れ、その感覚にぼんやりと目を開けると、アルの視線と合わさった。てっきり糸目なのかと思っていたのだが、【聖痕】を隠す為だったらしい。自分の意志で紋は隠せるが、咄嗟に出てしまう事もままある。そうやって狙われる危険性を自ら減らしていくのは悪い事では無い。次第に咳が落ち着き、余裕が出て来るとそんな事すら考えてしまう。
ところで、僕は今アルに何処まで‘視られて’いるのだろうか。
「……毒素、というのは魔力の事でしたか。成程、【封印具】で本来放出される筈の魔力を体内に抑え込んでいるのなら納得します。そりゃそれだけ溜め込んでたら毒にもなりますよね……」
「……みちゃった?」
「ええ。まぁ本当に深く視た訳では無いので大凡どんな状態でそうなっているのか、位ですが」
困った様に笑う彼に、僕は敢えて何も言わない。視られて欲しく無いものは山ほどあるが、それよりも彼を、【同胞】の心を傷つける方がずっと嫌だ。尤も、自分の中の記憶達を視たら、彼は壊れてしまうかもしれないけれど。
そんなIFよりも、咳でやられて掠れた声を今はどうにかしたい。
「リーン生きてるか!!」
扉のロックが外れた音がしたと思った瞬間、失礼な叫び声と共に駆けて来るアホが一人と、後ろから続く2人。全員男で、一気に部屋がむさ苦しくなった。
「……しんでほしかったの?」
「良かった意識はあるな。アズル、診てやってくれ」
「まずそこを退いてくれる?」
にこやかに洸を容赦なく退けた白衣の優男――僕の主治医兼ヴィレット軍医長サマのアズルがごそごそと鞄を漁る。そこから取り出した物に、アルが引き攣った顔をした。
「……ええと、何故最初から注射器なのかをお聞きしても良いでしょうか」
「あぁ、君はリーン君の同級生だったね。初めまして、僕はアズル・シュタット。そこの愚兄が失礼な事してないよね?」
「アズル、質問に答えてあげまショウヨ……」
にこやかに且つさり気なく人を罵倒した。ついでにスルーも。見事なまでに自分のスタンスを貫くアズルに横槍が入ると、仕方無さそうに答えてくれた。
「この注射器はどこぞのお坊ちゃんがどこぞの誰かさんの所為で中々診察に来なかったツケだよ。リーン君は魔力が強すぎて下手に魔法で診察すると、さっき愚兄が移動させてきた時みたいに倒れてしまうからね、その予防だよ」
「愚兄を何度も繰り返さないでくれ……」
「何?愚兄」
いつも以上にアズルが不機嫌なのは果たして僕の所為なのか。若しくは何か洸がやらかしたのかもしれない。早速有無を言わさず薬を打ち込まれた僕に引き攣った顔を向けるアルの反応は、此処の面子の濃さにだろうか。アズル一人にドン引きしている訳では無い事を祈ろう。
そうやってぼーっと監察していると、アズルが僕の方へ向き直る。診察か、と思い至ってゴロリ、と身体をアル達の方へ動かしただけで眩暈が襲ってきた。駄目だ、今日はこれ以上動けない。
「で、何時からこんな事に?」
「具合、悪かったのは今朝から。薬切れてて……明日にでも来ようとは、思ってたけど、その前に【任務】入っちゃったから、ね」
「Sランクの大技使っても駄目だったって聞いたけど……いや、それ以前に症状は?」
「この通り、熱が地味に高いのと、それに伴う倦怠感、眩暈、頭痛、たまに咳……典型的症状でまだ落ち着いてるよ」
この通り、身体を起こせない程度には弱り切っている。折角昼に魔法練習で使いまくった魔力も、敢えて大技使って消費した分もまるで意味が無かったようだ。ある程度までなら魔力消費で回復するものなのだが、今回は溜め込んでいたスパンが長かった分ツケが回って来たらしい。あと一週間遅れてたら内臓もボロボロになっていただろう。数回胃までズタボロで固形物が碌に食べれなかった事もある。
だから「まだ」と付け加えたのだが、それが軍医長様の逆鱗に触れたらしい。
「……リーン君、薬調合するついでにちょっと殺って来る事が出来たから待っててね。眠ってて構わないからさ」
「いやいやいやお前が待て!字!字が違う!」
「アズル!早まったら駄目デス!国が傾きマス!」
何故入っていたのか。鞄から研ぎ澄まされたメスをさり気なく数本取り出してにこやかに立ち去ろうとしたアズルを2人が力ずくで止める。その様子にただならぬ物を感じたのと疑問からか、アルが僕の事を凝視していた。説明を求める視線に、何と答えようかと迷う事数秒。観念して素で答える事にした。
「あー……僕結構忙しいって言ったじゃん?」
「言いましたね」
「あれ、原因は軍の仕事が多いからな訳よ」
「僕等に隠れてこんな事やってるならそりゃ大変ですよね。ローゼンフォールの仕事じゃなかったんですか」
「それもあるけど……もしかして軍入りしてた事隠してたの、根に持ってる?」
「はい」
早く話せ、と空気が全力で主張してくる。確かに任務云々について黙っていた事は申し訳無かったが、別に彼等にそれで害を成した事は無い筈だ。それでチャラと考えてほしい。入軍を夢見ているメイには申し訳無さ過ぎて何も言えないが。
「……で、その忙しくする仕事を送って来てたのが、所謂国王陛下なんだよ」
「――――は?」
ぽかん、と現実を受け止められない様子のアルにもう一度噛み砕いて伝える。常識を超越した内容だったという事位は弁えているのだ。普通国王が仕事を直接回す事はまず無い。というか有り得ない。実際に有り得ているからこうなっているのだが、余所の国でこんな風にはまずなっていないだろう。ウチが異常なだけだ。
「僕の仕事、名目上、国王補佐」
「――――リーン君は宰相だったんですか?」
「いや、補佐って政務の補佐――なんだけど……」
「財政等には絡まナイ、国王直属の私兵みたいなモンデスヨ。公にしたらマズイ物や隠密でやりたい事に対する意見、及びその処理が彼の役目デス」
ようやく落ち着いて普通に薬を作りに行った、と思われるアズルについて行ったストッパー役の洸も居なくなり、暇になったようだ。唐突に話に首を突っ込んで来たこの男に誰?という表情アルがをしたのを見逃さなかったらしく、いつも通りふざけた調子でやっと自己紹介を始めた。
「初めましてアルト君。リーン君から話は色々聴いてますヨ。私はリトス・コーラル、一応少将やってるSランクデス。以後お見知り置きヲ」
「え、ああ、宜しくお願――ってSランク!?」
途中まで丁寧に頭を下げていたが、此処に来て初めて言っていた意味を呑み込んだらしく、絶叫してのけぞる。その大袈裟とも言える反応が彼の嗜虐心を擽ったらしく、とても愉快そうに灰色の双眸で見つめられる羽目になった。何故か僕が。
「成程、リーン君此処に来るまで殆ど解説して来なかったんデスネ。アル君、一つ伝えておきますガ、さっきまで此処に居た人含め君以外全員がAAAオーバーですヨ?」
「……AAA?え、リーン君AAじゃ」
ギギギ、と油を注し忘れた機械のように振り向いた。その反応にあれ?と逆にこっちが首を傾げる羽目になる。何故彼は驚いているのかが分からない。
「さっき【視た】んじゃないの?」
「そんなプライバシー侵害レベルまでは【視て】ませんよ!?え、君AAAなんですか!?」
「いや、SS」
「…………………はっ?」
情報処理できるキャパシティを越えたらしい。あまりにも想像とかけ離れた現実に固まって動かなくなったアルを放置して、仕事の話をしなければ、とリトスに声をかけた。
「リト、ちょっと学園の警備増やして……っケホ!かなり、ヤバいの入って来たのと、学園の一部汚染された」
「汚染の方は既に手を回して侵入禁止にしてありマス。警備の兼はそうですネ……対【異端】なら、夜の警備を重点的に常駐させまショウカ。後で伝えマス」
「よろしく」
最低限の仕事の話を早めに切り上げ、ちらりとアルを一瞥するが未だ動かない。勿論それが普通の反応だろうし、僕自身が普通でない事を自覚済みなので回復するまで放置する所存だ。回復したら質問攻めにされるのも目に見えていたが、彼はどうせ言わなくてもやろうと思えば覗けてしまうだろうし、自分から話した方が気分的に良い。この能力を持っているのがアルでなければプライバシーもへったくれも無かったであろう、と想像して心底安堵した。
「…………SSって、なんの冗談ですか?」
「いや、事実だから。正真正銘、去年の診断でSSって出てるよ」
「流石に一昨年の診断で私の値大きく超えてSSになってた時は驚愕しましたネ」
ちなみにリトがヴィレット国内第2位の魔力量を誇っている、全距離対応の軍人だ。近接戦は剣、中遠距離は魔法でカバーし、持ち前の頭脳で戦局を見極める本物の【天才】な訳だが、馬鹿と天才は紙一重。中身が残念すぎて誰も嫁に来ない。
「今年の診断でどう出るかね……一昨年から去年でざっと4000近く上がったから、今年はガチでSSS到達しそうで怖いなぁ」
「下のランクなら4ランク上がる数値を一年で追い上げるというのも中々に化け物染みてますヨネェ」
「いやいやいや4000を一年!?え、どうやったらそうなるんです!?寧ろ機械壊れてません!?」
自分でも驚きを通り越して呆れる程増え続ける魔力だ。一般的な感覚を持つアルが受け入れられなくても無理は無い。が、これが現実な上、実は一年で4000という数値は僕等Sランクオーバーにとってはそう有り得ない事でも無いのだ。魔力の成長は大凡25歳前後で止まるが、偶に最後の一年で追い上げる猛者が居る。
「アレが壊れてるとは思えませんネ。私なんて24歳の時3万5千ちょいだったのガ、25で測ったら4万4千まで跳ね上がってましたシ。それ以降増えなかったんデ、ギリギリSランクで済みましたケド」
「約1万も上がったのは流石にリト以外に歴史上から見ても殆ど居ないけどね。僕位ならAAランクオーバーならそこそこ居るよ」
「13歳デ、と考えるとまぁ確かに居ませんケドネ。間違いなく君SSSに到達しますヨ」
困りましたネェ、ホント困っちゃうよねー、と和やかな空気を演出するとついにアルがベッドに突っ伏して唸り出した。信じられない信じられない信じられない―――と呪詛の様に呟いている所悪いが、更に突き落としてあげよう。
「因みに洸がS、アズルがAAAね。火属性と水属性の似て無い兄弟は魔力だけはピカ一」
「……もう、なんかどーでも良くなってきました」
Sランクオーバー3人を目の前にするなんて貴重な体験だと思うのだが、しっかり封印加工されてしまってる今の僕等ではそう凡人と変わりはない。Sランクを野放しにしておいたら色々な意味で大混乱が起きるのが目に見えているから封印は仕方ないと考えているが、もうちょっと【封印具】の技術が進歩してくれたらいいのにな、とは思う。
「で、【封印具】かけられてる間は僕の場合本当にBBB。一個じゃ全然ランク下げられなくて5つもジャラジャラつけられてるんだけどさ」
「あぁ……そのイヤリングやら何やらは全部【封印具】でしたか」
「リーン君の場合は年齢考えてこの位ならあり得ル、というギリギリの値まで調整しているから身体に負担が大きいんですヨ。私達普通に軍役しているSランクは普段下げてもAAデスシ」
5ランクの引き下げは本当に拷問だ。常に体が泥沼の中を歩いているような感覚に襲われ、呼吸をするにも分厚い布を数枚当てられているような錯覚に陥る。普段動いているのは、意地でと言っても過言ではないだろう。鉛のような身体を引き摺り、動けると自己暗示をかけて、使命で意思を雁字搦めにする。そうすればいつもの僕の出来上がりだ。顔色が悪い、とよく言われるのはローゼンフォールの仕事を夜中までしていた、と言えば済むが、毎度友人や教師を騙す事に後悔しない訳ではない。
「負担が大きい、で済んでますかコレ……」
「済んでる事にしといて。じゃないと僕マジで生きてけないから」
先程覗いたからだろう。本気で同情気味の台詞に何故か泣きたくなってくる。ああそうですよ、ギリギリ生活してますよ悪いか、と自暴自棄になっているのを察したか、リトスが苦笑して話を逸らした。
「あぁそうダ。私はそろそろ報告に行かないといけませんネ。どこぞの困ったサンが痺れを切らしてる頃デス」
「あー、子守りごくろーさま」
「あんなデカイ子要りませんヨ」
本気で嫌そうに吐き捨てて、しかしアルにしっかりと頭を下げて出て行ったリトスの行儀の良さには感服する。育ちは良いとは言えないのに、よくもこんな風に育った物だ。中身はやっぱりアレだが。
と、ここで漸く人が居なくなった。と、気を取り直して僕はアルを見上げた。向こうも察したらしく、無言で此方を両の目で見つめ返す。それに無意識に口の端を上げ、僕は彼に現実をつきつけた。
「さて、じゃあ少し、話をしようか」




