10 雲の上の存在
今回は話の関係上1000字近く短いです。
※平均5000字で普段は書いてます。
「やっぱり魔力制御は辛いね……体力ごっそり持っていかれたよ」
やはりこの術式は重いな、と息を吐きだすと目前のアルから少なからず呆れた目を向けられた。何に呆れているのか皆目見当がつかなくて、どうしたのかとその特徴ある目を見つめ返すと、困ったように溜息をつかれた。
「……その術【反転世界】ですよね。普通の中学生が使えるような代物じゃない筈なんですが」
「無属性魔法は理論さえ覚えれば如何にでもなるよ。世界の一部をコピーしてもう一個別の軸を用意するだけだし」
「空間制御っていう時点でSランク魔術なんですが……まぁ、リーン君に言っても無駄ですね」
やれやれ、とまた戦闘態勢に戻るアルに釈然としない物を感じる。そのSランクのマニアックな魔法を知っていた点は優等生だと感心するが、逆に言えばそれを知っている時点で彼も僕と似たり寄ったりだ。寧ろ彼は自主的に学んだ結果の知識なのだから感服に値する。
と、現実逃避はそこそこにしてずるりずるりと徐々に向かってくる【異端】を見遣る。重苦しい雰囲気を纏ったソレの鈍さは、まるで僕等の準備が完全に整うのを待っているかのようだ。そうして睨みあいをつづける事いくばくか。遂にソイツは動き出した。
「早い!?」
一瞬にして距離を詰めた【異端】に、ギリギリ回避したアルが剣に思い切り魔力を籠めて斬りかかる。しかし核に届かなかったらしく幾らか闇を散らして終わってしまう。あの闇に触れたら例え【聖痕持ち】とはいえどうなるか分からないと瞬間的に悟って回避したアルの素早さは目を見張るものがある。だがいつまでもヒット&アウェイを繰り返せるとは思えない。自分が前線に立てない今、彼を守らねば危ない、と判断し僕は翼からブチリと羽を毟った。その羽に意志を乗せてアルの下へと飛ばすと、それは発動する。
「これは……風の守りですか!」
「多分それでアイツの魔力は防げるから!今は前に集中して!」
「はいっ!」
アルの身体に纏わせたのは僕の聖痕スティグマの能力。アルの【示す者】、つまり全てを透視し情報を視る力のような方向性は持たないが、僕の【開く者】も名前の仰々しさに見合うだけの能力を誇っている。全てを遮断し浄化するのがこの能力の特徴だ。幾ら【異端】とはいえ、あの守りには敵うまい。
案の定一切撒き散らされる闇を物ともしなくなったアルに成す攻撃の策が尽きたらしい。我武者羅に突進するだけのヤツにこっちも何発か浄化系の術式を放つ。
『浄化せよ!』
一発が核を掠った。音も無く苦しみ悶える【異端】にアルが止めを刺す。魔力を纏った剣がエフェクトをまき散らした。
『滅せよ!』
剣が核に突き立てられた瞬間、【異端】はまるで居なかったのかのように消滅する。しかしアレが在った余韻として腐敗の進んだ土地が残っていて、それが僕をぞっとさせた。僕の能力無しに戦っていたら恐らく僕等もこうなっていた事間違いなしだ。
暫く【世界】の中の感知に時間を費やし、奴等が完全に消えた、と判断してようやく【世界】を戻すとその腐敗は一部消える。が、完全に消えた訳ではなく、【世界】を作る前にすでに浸食が進んでしまった部分は草木一本も生えていない。
そんな土地に虚しさと恐怖を覚えた瞬間、ぐらりと大きく視界が揺れた。
「ッリーン君!大丈夫ですか!?」
「ん……だい、じょーぶ……」
如何にか倒れる事は避けた物の、木に手をついたまま立ち上がれそうにない。気が抜けた途端にコレ、という情けなさと予想を大きく上回る具合の悪さに舌打ちをした。あれだけの術を使ったのに回復しないどころか悪化する、というのは初めてだ。アーセナルを元の形状に戻し太腿に括りつけて来たポーチに仕舞うのが精一杯で、【封印具】を付け直す気力は皆無だった。
「大丈夫ってのは口先だけのですよね。部屋まで運びます。何度も言いましたが、無理な物はキチンと無理と宣言して下さい。大丈夫、が全く信用出来ません」
「……じゃあなんで聞いたのさ」
「社交儀礼的に」
息が上がるのを努めて抑え、グルグルと身体ごと何かに回されているような感覚を敢えて意識しないよう試みた。脳が握り潰されるような頭痛も無視だ。僕の手を自分の肩に回した事で背負って貰うのか、と無意識で捉え出来るだけ負担をかけないように寄り掛かる。春の肌寒い空気の所為か、はたまた熱が上がる前兆なのか寒気を覚え始めた身には、アルの体温が有り難い。一つ、二つと咳を零すと、立ち上がったアルから柔らかい声がかかった。
「眠って下さい。今は、休んで」
何故かその言葉に抗えなく、意識は一呼吸の間に闇へと落ちた。
◆ ◆ ◆
「……寮の鍵、は勿論閉まってますよね」
意識に若干ひっかかったアルの途方に暮れたような声に、寝ぼけている物の脳が声を拾い始める。寒くて熱くて息がし辛い。体勢も辛い。ここは何処なのだろうか。近くに気配は二人分。アルと―――
「お前がアルト・ヘルダーリンか?」
「……どなたでしょうか」
まるで逃げる前のようにぐっと姿勢が低くなった。薄っすらと目を開けると、ごつい軍服を着た男がぼんやり映る。奴は一瞬で警戒態勢に入ったアルを、焦ったような声で止めた。
「おい待て俺は敵じゃねぇから逃げようとしなくていい!ヴィレット軍元帥、洸・シュタット。リーンの一応上司だ」
「へ、ええ!?」
その肩書にアルの警戒が一瞬で解けた。普通に暮らしてたら元帥なんて雲の上の存在も良い所だ。嘘だ、と叫びたそうだったが、彼の軍服に付けられている勲章が事実だと全力で主張している。重いから、と言って一つだけ、ただ確実に誰もが分かるその勲章は【ヴィクトリア・グロリア十字章】。敵前で最も活躍した人物に贈られる、最難関勲章の一つだ。
と、思ったら全てが唐突過ぎて戸惑ったのかアルが腕の力を抜きかける。
ちょ、落ちる!僕落ちるから!
「ちゅ、中将が何故此処に……?」
「あー……何というか」
「【封印具】、解除した……げほっ、僕の、回収役。もっかい封印、し直さないといけないからね」
アルが戸惑っている理由がよーく分かり、落とされない様に自分で頑張って調節しつつ頭だけ上げて完全に瞼を開ければ、やはり黒髪の長身の男が一人。流石中将という事もありガタイが非常に良いが、顔が若干童顔気味なのでそれを感じさせない。年齢不詳になりつつある洸を、自分も何時かこういう目で見られかねない、と幻滅しながら眺めた。
「お、目ぇ覚めたか。……つか、封印解除したんだよな?大丈夫か?顔がゾンビ色してるぜ?」
「したよ……Sランクの魔術で2、30分は【場】を作ってたよ……」
「成程、そりゃ重症だな。後でアズル呼ぶか。この時間なら余裕で起きてるだろ。――で、そこの少年は何で居るんだ?」
飄々とした態度を取り続ける洸に戸惑っていたアルが、その一言で固まった。自分の能力を言いたくないのか、それとも最早隠す事が習慣と化しているのか。記憶の初めの方ででこの能力を広めてしまった僕には分からない考えだが、もし隠したがっているとしたならその理由は何となく分かる。
「彼は、‘偶々’巻き込まれただけだよ。流れで僕の事バラしちゃったけど、問題は無いと判断したまでで」
「いや、別に責めてはねぇよ?俺が責められる立場じゃないからな。だけどまぁ、事情聴取に城に呼んだ方が良いだろ。一室用意させるか?」
「城!?」
アルにとって雲の上、まさに天上というのが正しいであろう場所に急遽連れて行かれるという状況に、アルが素っ頓狂な声を上げる。そうだよね。一般人だもんね。ローゼンフォールみたいに逸般人じゃないもんね……
「あー……この調子だと、部屋の用意は拙そうだから僕の部屋にでも泊めるよ」
「りょーかい。ま、あの部屋広いから簡易ベッド位余裕で運べるしな。じゃ、行くか」
さり気なくぼやかして話すと、そこらの配慮は脳筋でも出来たらしく察して放置してくれる。報告の義務は確かにあるが、これだけ重大な事に関してはアルの意思表示無しでやる訳にもいくまい。後で話す、というニュアンスでアイコンタクトを取って、適当に話を切り上げた。
次いで洸がひょい、と手を差し出して来るのでアルの肩越しに手を伸ばして掴む。事情を呑み込めてないアルに、出来るだけ柔らかい表情を作って最低限を教えてあげた。
「だいじょーぶ。ちょっと城に【瞬間移動】するだけだから。明日休みだし、半日で良いから時間頂戴?拒否権は無いけど」
「いやだから城に外泊っていいんですか!?」
「いいんじゃない?こうして国内トップレベルの人材が来いっつってんだから」
真っ青なアルに飄々と言って落ち着かせようとしても顔色は変わらず。今の僕と同じような顔色で何度も視線を泳がせる姿はいっそ哀れだ。
が、いつまで待っても無駄だと判断したのだろう。洸が術式の発動準備を始める。
「設定は城のお前の部屋の前にするぜ。それじゃ【跳ぶ】なー」
こうして混乱するアルを余所に、僕等は学園から消え去った。




