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01 書類に埋もれた引っ越し作業

「なんでこうなったかなぁ……」


 春と言えどもまだ寒さが残るこの季節。なかなかの歴史を持つ、と言えば聞こえはいいが要はオンボロ一歩手前のこの寮は遂に移転が決定し、その引っ越し作業に追われる事三日目。中等部の学生総勢300人が一挙に引っ越す事等流石にこの魔法が普及した世界でも不可能で、故に中一から順繰りに移動を開始した。


 因みに僕は三年なので「歳の甲(笑)活かして最後に寮のモン全部移動させる作業やって出やがれ」とエライ人に扱き使われ、自分の荷物だけでなく随分と人の少なくなった寮の機材を梱包する作業も強制されている。尚、誰か人を雇えばいいものを、と独り言ちてもお役所仕事相手では無駄であった。実際にエライ人に直談判したが無駄であった。そもそも僕自身も一応曲がりなりにも貴族なのだから十分エライ方な気もするが、それでも無駄であった。この学校が国立であることが非常に悔やまれる。国のトップ(おうさま)に勝てる程の権力は流石に持っていないのだ。


「……いや、それ以前に何ッで僕だけこんな苦労背負ってるんだよ!誰だ重要書類なんて判子押してある束押し付けて来たヤツは!引き取りに来いや!」

「リーン何叫んでんだー?」


 段ボールに詰めた紙束を蹴りつけて八つ当たりしていると、隣の部屋の住人だったメイが気付いたらしい。薄い壁越しだったので内容は兎も角、叫んでいた事は聴こえたようだ。それに慌てて何でもない事を伝え、今度こそ重苦しい溜息をついた。無意識だが。目の前の段ボールの山が目にも心にも痛い。


「……引っ越しなんて嫌いだ」


 ガムテープで封をしながら呟いたその言葉は、一人虚しい部屋に響いた。






 ウィンザー国立大学と言えば世界トップクラスの学術機関だ。専門は主に魔法。幼等部から始まり、上は大学院まで。由緒は統一国家ヴィレットが出来るより遥か前、800年代の事だと言うから恐れ入る。因みに今は5000年代初頭である。


「格式、伝統、規模、どれを取ってもトップクラスなのに、入れるのはヴィレット国民と一部の外国人留学生のみ、と。全くもってふざけた学園だな……」


 僕等がえっちらおっちらと段ボールをトラックに積み上げていると、ボソボソと学校案内のパンフレット片手に歩いてくる少年が一人。茶の髪、眼鏡の奥の瞳は髪と同色、だがイケメン。爆発しやがれ。近寄って見れば目立つのかもしれないが、色彩がそう派手な色で無いので落ち着いた雰囲気を醸し出している。何せ隣に並んでる奴の色が極彩色(コレ)だ。


「リーン君?僕の顔に何か付いてます?」

「アルの顔というよりアルの髪色が気になった」

「あー、魔力による色彩遺伝子がどーのこーの、だっけ?唐突にどうしたんだよ」


 隣の敬語の少年、アルのどぎつい紫の髪は何処にいても分かる。瞳もほぼ同じ色だが、非常に糸目なので余程近づかないと其方は分からない。アルの更に横に居るメイは、あそこの少年より少し明るい程度の茶色だと言うのに。同じ人種でありながら豪い差だ。


「あそこに居る子、間違い無く来年度入学予定の特待生ってヤツだよな、と」


 段ボールを荷台に降ろし、一息つきながら視線で例の少年の方を指すと、あぁ、と納得したような声を二人が挙げた。


「すげーなー。‘天才’的な頭脳じゃねーと途中入学とか無理なんだろ?此処」

「まぁ通常なら専門を売りにして入る所を、全てを売りにして入らなきゃいけないらしいですからね。……それにほら、僕の横の方がそうですよ。‘天才的な頭脳’で入学を果たしたじゃないですか」

「……僕はまぁ、暗記科目と魔力のごり押しだったから」


 あれは正直思い出したくない。アルもメイも魔法は得意な方だが、魔力量だけで言うなら僕は頭一つ(ワンランク)分高い。同級生たちの中で五指に入る二人よりも、だ。全く嬉しくないが。


「BBBランク―――当時はBBランクでしたか。まぁ平均って言葉知ってる?って魔力量ですね」

「俺等の今とお前の小4の時の量が同じとか笑えないぜー」

「……14で軍の魔法部隊入れる量あるアンタ等全員異常よ」


 後ろを振り向くと、【氷の委員長】と名高いネリアさんが重そうに段ボールを抱えて立っていた。女子も肉体労働とは、全くもってご苦労な事である。僕は自分が貧弱だと自覚しているので手助けするなんて紳士的な行動はしないが、地味にフェミニストの教育を成されて来たメイはひょいっとその荷物を横取りしてニカッと笑った。


「トラック乗せていいか?」

「あら、有難う。流石は剣振るってるだけはある筋肉量ね。どこかの貧弱ボディとは大違いで」

「……あの、ネリアさん。それは僕の事を言ってたりする?」

「だってリーン君は女子の敵でしょ~?手足は細くて肌は真っ白、髪もさらっさらの金髪。綺麗な青い目に――片目眼帯な点とかはまぁ、厨二病乙だけど~」

「……スゥさんも居たのか」


 ネリアさんとは大違い軽々と荷を抱える少女、スゥさんはお嬢様然とした見た目とは裏腹に、大変なゲーム脳だ。どうやら実家が大手の会社でゲーム機器の類も扱っているかららしいが、その所為で学園では残念な美少女扱いされているとか。そして何よりも彼女は火力特化のパワーファイターなので、一部の男子からは恐れられてたりもする。

 あと一つ言いたい。僕の腕は細いんじゃない。ガリガリなんだ。筋肉薄っすらついてるけどほぼ骨なんだよ!


「で、貴方達こんな所で油売ってて良いの?」

「やべ、まだオレ部屋に荷物残ってる」

「同じく」

「僕はこれが最後だったのでフリーですよ」


 一番要領が良く、荷物も少ないアルはこれから寮の備品に回されますね…と遠い目をしていた。カラトリー位寮でご飯作ってくれてるおばちゃん達に任せろよ、と思うがそこは仕事外の労働に含まれるんだとか。お役所仕事ここに極まりだ。ちょっとは融通効かせやがれ。


「お貴族様はこういう時大変ね……荷物量結構あるんでしょ?」

「あー、確かにアルの部屋に比べりゃなあ。でもオレはかなり少ない方だと思うぜ?」

「僕の部屋はローゼンフォール(実家)の書類やら尻拭いやらご機嫌取りが占めてるからなぁ……自分の物だけならアルより少ない気もする」


 メイ、メイドリヒ・マークィス・フォロート。ヴィレット帝国三大貴族が一つ、フォロート侯爵家嫡男という非常に重要な立場の彼は如何してかな、非常に庶民的な思考と行動を取る。悪く言えば粗野、よく言えば庶民的。これを貴族と考えちゃいけませんよ、の代表例だ。国のトップにそう遠く無い内に就くだろう立場としてはアレなのだが、まぁ巷に蔓延る横暴貴族よりはマシだろう。


 一方僕、リーンフォース・ユール・イクス・ローゼンフォール。同じくヴィレット帝国三大貴族が一つ、ローゼンフォール侯爵家の出ではあるが、そもそも養子。平民暮らしの経験があるだけに所謂‘貴族的’な生活は意識的な問題で送れない。故に自分の荷物なんかは、自分の立場を考えたら最低限しか持っていない筈だ。が、問題は書類と手紙の山である。


 メイのフォロートが【剣の一族】と呼ばれている一方、我が家ローゼンフォールは別名【変人の巣窟】だ。しかもその変人度合は悲しいかな、突然踊り出すとかそんなレベルじゃない。よぼよぼで杖ついてるお爺ちゃんがジェットコースター建設の為の図を引いていようが、金髪縦ロール系淑女がドレスで山を登っていようが、今にも死にそうな病人がアスレチックに挑んでいようが何も【変】でないのだ。何故かと言うと【変】の概念が無いから。


 「個性って重要だ」という発想は勿論素晴らしいし、ローゼンフォールの家訓は大体そんな感じだが、「やり過ぎ」という言葉と「自重」という単語、そして「他人の迷惑」という思考回路を持ってほしいと思う。ローゼンフォール本家出身で無い僕や、嫁・婿に来てしまったイケニエ役は他家やお偉いさんへ頭を下げるのが仕事と化してある。頭も胃も痛い。これが僕の部屋の荷物量の理由だ。


「……ま、まぁローゼンフォールの人達、金銭的と倫理的には真っ当だからマシ、じゃ、ないかなぁ~?」


 フォローする気は有り難いが、スゥさん自身が段々と確証無くして来たらしく最後は疑問形だ。多分スゥさんの実家(フレイム社)とはウチも商談とかしてるし、その関係で知ってしまったのだろう。「マシ」の重きを何処に置くかによってウチは「マシ」じゃ無くなるし。


「ふふふ……この間一歳になったウチの子がね、初めて喋ったんだ……ままでもぱぱでも、まんまでもわんわんでもぶーぶーでもなく‘らーゆ’って……」

「―――ラー油?」


 残念って遺伝するんだと感心した。本当に。あの子は一歳にしてローゼンフォールの子だと自己主張を始めてしまったのだから。アレにはnot出身者一同が絶望したさ。教育で修正すら出来ないのかと。


「あー……そのリーン?強く生きろ」

「うん、頑張る」


 何を頑張ればいいのか分からないけど、と続けたら皆そろって気の毒そうな顔になった。身分関係無く同情されるって何か嫌だなぁ。不幸のベクトルが違う。


「そこ!いつまで喋ってる!早く荷物を片付けに行け!」

「げ、先生」

「げ、とはいいご挨拶だなフォロート。そんなに私の事が嫌いか?うん?」

「イエ、大好キデスヨ。アハハハセンセート会エテ嬉シイナー」


 どよんと塗油の秘蹟(東の亡国風に表すと御通夜、で合ってるだろうか?)のような雰囲気から一転、鋭い叱責にピリリと背筋がそばだつ。振り向けば鬼教官と渾名される現代社会担当の先生が目を吊り上げていた。座学がからっきしなメイは目が死んでる。脳ミソ筋肉(メイドリヒ)にはあの授業は辛い。


「ほら、早く行け。特にローゼンは今日中に終わらせられるのか疑問なんだからな」

「はいすみません……色々な意味で」

「いや、気にするな。それと、明日に持ち越しになるようなら後で報告に来い。事務室に誰かしらが残っている筈だ」

「分かりました」


 事情は察してくれたらしく、大変そうだなという視線と先生にしては柔らかい口調を貰えた。本当、嫌な方面の特別待遇だ。


「あぁそれと、移転先の事だが新しく入って来る生徒―――ソルト・レーニングという男子生徒だが、ローゼンの隣の部屋になった。恐らくこの学園には当分慣れないだろうから、忙しいとは思うが面倒を見てやってくれ」

「ソルト~?‘塩’なんて面白い名前付けられてるんですね~」

「まぁ名前の意味なんて人それぞれだから、本人に言っちゃだめよ?スゥ」


 ソルト……内陸国か【宗教国家オルヴィエート】辺りに縁があるのだろうか。内陸では塩は貴重だからそういう名前もあり得るだろう。にしても、男子生徒と言うと―――


「先生、その生徒もしかして茶髪のアル位の身長で眼鏡掛けてました?」

「そうだ……なんだ、もう会っていたのか」

「いや、さっきウチの学校にケチつけながら歩いてるところ見たんで」

「まぁ庶民からしたらここは色々思う所があるだろうからな……」


 この学園は国が全面的に補助してくれている為、衣食住の内、後半二つは生徒・教員に無償で提供される。その分学業が疎かになると義務教育無視して退学処分される恐ろしい所でもあるのだが、逆に言えば此処に入れるだけの何かしらの才能がある身には、多少努力するだけで生涯の生活を約束されたような物。一般人には羨み・やっかみ共に感じられる場所だろう。


「因みに彼、何が専門で?」

「理数系がずば抜けていたな。文系科目はまぁまぁ、魔術理論も苦手では無いようだが、実技は普通だったな。Cランクだったが」

「BBBランクの化け物級が横に居るから微妙に感じますけど、世間一般からすれば十分多いですよね……僕もBBに上がれたの去年ですし」

「アルはもうちょい放出量増やせれば、潜在魔力量的に考えるとBBBかAにも上がれそうなんだけどねー」


 尤も、魔力が増えすぎてもいい事はあまり無いのだが。AAランク以上になると強制的に国家への奉仕義務が生じてしまう上、Aランクでもその勧誘はしつこいらしい。やりたい事があるのならCかD位まで上がれば大体の事が出来るから、その辺りで成長が止まれば苦労もそうせずに人生真っ当出来るだろう。ただし、貴族は除いて。


「おっと、話がずれたな。兎も角、サポートを頼んだ。無理はしなくていいが」

「だな。無理するとお前倒れるだろ」

「否定出来ないから程々で頑張る……今年こそ出席日数で焦らず過ごしたい……」


 去年もギリギリだった事を思い出して肩を落としたら、全員に生温い目で見られた。くそぅ……

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