表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/100

[第96話] 実(まこと)しやか

 山椒亭さんしょうてい田楽でんがくは当代きっての落語家である。彼の語り口調は絶妙で、あたかもその人物や風景がその場にあるかのようにまことしやかに語った。これは楽屋でも変わらず、田楽はコンニャクだ・・と、はなし家仲間からは、コンニャク亭呼ばわりされていた。コンニャクは閻魔えんまさまの好物らしく、裏表がない・・ということらしい。まあ、世知辛せちがらい今の世は、毒々しいうそとまではいかない方便を使わないと生きづらい俗世ではある。田楽が語る落語の世界は、真実味があり、その方便を忘れさせてくれた。

「実は、そこの横丁の豆腐屋の豆腐が美味うまいの美味くないのって…。いやもう、コレ! もんですよっ! 是非一度、お出かけ下さいましな」

 手でほおこするようにして、田楽が待ち番の楽屋連中と話している。コレ! と手で頬を擦る仕草が、すでに芸になっていて、取り囲む連中は聴き耳を立てていた。

「へぇ~そんなに。ははは…当地へ呼ばれたおりは、一度、寄ってみなくちゃいけませんよねぇ~」

 次の出番の講談師、二流斎 凡庸ぼんようは、さも興味ありげに返した。

「ええ、そりゃもう、是非…。また、そこの油揚げが絶妙なんでございますよ。私なんぞ、旅館に頼んで焼いてもらいましてね、醤油を軽くかけ、ご膳を五杯ばかり…これが美味うまいのなんのって…」

 田楽は、また実しやかに手ぶり身ぶりで語った。取り囲む連中は皆、舌舐したなめずりをした。

 ある日、その田楽が風邪かぜで寝込んだ・・という情報が楽屋へもたらされた。田楽が山椒を乗せて!? と誰もが笑って驚き、見舞いに駆けつけた。

「わたしゃね、熱にうなされ見ましたよ。見ました、あの世とやらを…」

 風邪はもうすっかりよくなり、熱も下がったらしく、田楽は元気そうに寝布団の上で半身はんみを起こし、見舞客の連中へ実しやかに語りだした。取り囲む連中は皆、顔面蒼白になっていった。

「それでね…お前はまだここへ来るのは早いぞよ・・って閻魔さまに言われまして。それとね、美味い豆腐には裏表があるぞよって、ニタリとお笑いになったんでございますよ、こんな顔で…」

 田楽は閻魔さまの怒り顔が笑顔になる瞬間を実しやかに演じた。取り囲む連中は皆、笑ったが、田楽の顔が実しやかな閻魔さまの顔にもどると、ギャァ~~~! と先を争い、駆け出していった。


             THE END

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ