[第96話] 実(まこと)しやか
山椒亭田楽は当代きっての落語家である。彼の語り口調は絶妙で、恰もその人物や風景がその場にあるかのように実しやかに語った。これは楽屋でも変わらず、田楽はコンニャクだ・・と、噺家仲間からは、コンニャク亭呼ばわりされていた。コンニャクは閻魔さまの好物らしく、裏表がない・・ということらしい。まあ、世知辛い今の世は、毒々しい嘘とまではいかない方便を使わないと生き辛い俗世ではある。田楽が語る落語の世界は、真実味があり、その方便を忘れさせてくれた。
「実は、そこの横丁の豆腐屋の豆腐が美味いの美味くないのって…。いやもう、コレ! もんですよっ! 是非一度、お出かけ下さいましな」
手で頬を擦るようにして、田楽が待ち番の楽屋連中と話している。コレ! と手で頬を擦る仕草が、すでに芸になっていて、取り囲む連中は聴き耳を立てていた。
「へぇ~そんなに。ははは…当地へ呼ばれたおりは、一度、寄ってみなくちゃいけませんよねぇ~」
次の出番の講談師、二流斎 凡庸は、さも興味ありげに返した。
「ええ、そりゃもう、是非…。また、そこの油揚げが絶妙なんでございますよ。私なんぞ、旅館に頼んで焼いてもらいましてね、醤油を軽くかけ、ご膳を五杯ばかり…これが美味いのなんのって…」
田楽は、また実しやかに手ぶり身ぶりで語った。取り囲む連中は皆、舌舐めずりをした。
ある日、その田楽が風邪で寝込んだ・・という情報が楽屋へ齎された。田楽が山椒を乗せて!? と誰もが笑って驚き、見舞いに駆けつけた。
「わたしゃね、熱にうなされ見ましたよ。見ました、あの世とやらを…」
風邪はもうすっかりよくなり、熱も下がったらしく、田楽は元気そうに寝布団の上で半身を起こし、見舞客の連中へ実しやかに語りだした。取り囲む連中は皆、顔面蒼白になっていった。
「それでね…お前はまだここへ来るのは早いぞよ・・って閻魔さまに言われまして。それとね、美味い豆腐には裏表があるぞよって、ニタリとお笑いになったんでございますよ、こんな顔で…」
田楽は閻魔さまの怒り顔が笑顔になる瞬間を実しやかに演じた。取り囲む連中は皆、笑ったが、田楽の顔が実しやかな閻魔さまの顔に戻ると、ギャァ~~~! と先を争い、駆け出していった。
THE END




