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[第92話] 見えなくもない

 須山竹夫は一般の人間とは少し違う物が見えた。過去や未来を含む真実の映像だ。だから時折り、変なやつ! と言われた。それをけるため、ここ最近は見えても口をつぐんで答えないようにしていた。だが、ストレスが鬱積うっせきし、これは捨て置けないぞ…と思うようになった。

「あそこに新しい薬局が出来たの知ってるか?」

 そう言って、友人の児玉が指をさした少し離れた前方を須山は見た。そこに須山が見たもの・・それは草が生い茂る荒れ地だった。こいつの気分を害するのもな…と瞬間、須山は思えた。それに今はそこに薬局は存在し、あるのだ。それを荒れ地が云々(うんぬん)とは言えない。変人に思われかねないし、絶交されるのも困る。

「んっ? ああ…見えなくもない」

 須山は咄嗟とっさに出た言葉で方便を使った。

「お前、目が悪くなったのか?」

「おっ、おお…。まあな」

 さらに方便を使い、須山はなんを、どうにかのがれた。

「そうか…、まあ大事にしろよ」

「ああ…」

 児玉になぐさめともつかぬ言葉をかけられ、須山は苦笑した。ただ、[見えなくもない]という文言もんごんはいいぞ! と思え、以後は多用することにした。

そんなある日のことである。

「どう! 私、綺麗?」

 自信あり気に、同じ課で働く年増としまのOL、三崎加代が須山にたずねた。手がつけられないほどブサイクな顔が須山の目へモロに飛び込んできた。当然、須山は常套句じょうとうくを使った。

「見えなくもない…です」

「見えなくもない・・って、どうよ! そこは、見えるでしょうがっ!」

 ムカッとしたのか、加代は須山にみついた。

「いや、すみません! 別人に見えなくもない、って意味でして…」

「ああ、それほど綺麗ってこと? なら、そう言いなさいよ、ちゃんと!」

 須山の目には整形以前の手がつけられないほどブサイクな顔が映っていたが、むろんそうとは言えず、心に留め置いた。ただ、須山が別人に見えなくもないと言ったのは本心だった。他人の目には加代が美人に映っていることだろう。だとすれば、俺が見えているのは別人だ・・と思ったのだ。ある種のコジツケによる逃避心理だ。そこまでして真実を隠す必要があるのか! と、須山の心が叫んだ。

「いいえ、三崎さんはブサイクです」

「まあ! 言ったわねっ。覚えておきなさいよ!」

 加代は怒って、小走りに去った。須山はあとの恐さ以上に心がスゥ~っとして、胸のつかえが取れた。


             THE END

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