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[第9話] 整枝

 理髪店を営む友永多毛男は週一の休みの日、朝から趣味の盆栽いじりをしていた。友永にとってハサミづかいは仕事柄、得意とするところである。今日の整枝は調子よく進み、10時の休憩タイムには、20鉢ほどあるうちのすでに3分の2の鉢が片づいていた。この分では昼までに終わるな…と友永は軽く考えながら、居間でお茶をすすり、好きなこしあん入りの餅を美味うまそうに頬張った。

 友永は15分ほど休んだあと、整枝作業を再開した。しばらくしたとき、友永は急に耳鳴りを覚えた。耳鳴りはすぐに止まっだが、今度は妙なささやき声が聞こえ出したのである。いったい誰の声だ? といぶかしげに友永は辺りを見回した。だが、まったく人の気配はしない。妙だな…と首をかしげつつ、友永は鋏を動かし続けた。

『いや~、おたくもそうですか。私も随分、短くしてもらったおかげで、この夏は涼しく過ごせそうでしてね、へへへ…』

 声は、やはりしていた。友永が耳を澄ますと、その話はどこかで聞きおぼえがあるような会話だった。そうだ! いつも聞いてるお客の声だ…と、友永は気づいた。だが、今いるのは庭の盆栽前で、店内ではない。だから客の声などする訳がなかった。友永は、もう一度、耳をそばだてた。

『そうですなあ~。もうかれこれ7年ほどになりますかな』

『ほお、そうなりますか。私もその頃でしたからな』

『ああ、そうでした。長いお付き合いになりますな。今後ともよろしく願いますよ』

『いやぁ~こちらこそ。それに、ご主人も…』

 語りかけられ、友永はギクッ! とした。語りかけられたのは、今、整枝している鉢のサツキと隣のダンチョウゲの鉢だった。驚きの余り友永は鋏を止めた。すると耳鳴りがし、友永の意識は遠退いていった。

 気づいたとき、友永は居間にいた。どうも餅を頬張りつつ、清々(すがすが)しい陽気に、ついウトウトしてしまったようだった。なんだ、夢か…と友永は思いながら、残りの整枝作業を続けようと居間を出て庭へ向かった。だが、すでに庭に置かれた全ての鉢の整枝は終わっていた。友永は、ゾクッ! と寒気を覚えた。


                     THE END

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