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[第80話] 夢の宴(うたげ)

 会社の同僚と慰安旅行で来た岩窪いわくぼ透は、ドンチャン騒ぎを抜けると、ひと風呂浴びたい…と堤防を下り、川岸の砂利を掘って露天風呂にかろうとした。この地は川底自体に熱源が湧き出した温泉地帯である。どこを掘って浸かろうと、誰に苦情を言われることもなかった。川久保は適当に掘り、出来た湯舟に冷えた川の水を適度に流し入れ、いいお湯加減にしたところで浸かった。自然の景観をでながら、すずやかなそよ風を肩に受け、気分は最高である。買って持ってきた冷酒の瓶をグビッ! と飲んで、ツマミの鮎の塩焼きを頬張る。最高の気分だ…と、岩窪は思いながら目を閉じた。どこから流れるのか、川岸伝いに連なる旅館のどこからか、カラオケと決して上手うまいとは言えない歌声が聞こえる。この音は、いらないいらない…と気分をがれて岩窪は目を開けた。身体も適度にあたたまり熱張ってきていた。酒の回りもあるな…と思いながら岩窪は湯舟を出て、旅館の浴衣ゆかたを着た。そのとき、岩窪は、おやっ? と思った。泊ったはずの旅館が消えていた。いや、これは俺の目の錯覚だ…と、取りえず川岸から上がった。旅館の名が[鮎川]ということはおぼえていた。

「あの…鮎川という旅館はどちらだったでしょう?」

「えっ? 鮎川ですか…。そんな旅館、この辺にあったかなぁ?」

 適当な旅館に飛び込んでたずねると、旅館の番頭は首をかしげた。

「そんなこと言われても…。私は現に飲んで歌って…ほら、その旅館の浴衣を着てるんですから、この」

 そのとき、岩窪は驚いた。岩窪の姿は背広で、片手には旅用の小バッグをげているではないか。岩窪は罰悪く、頭を下げると飛び込んだ旅館を出た。出たところで立ち止り、はた、と考え込んだ。この地へ旅したことは、この服装と手荷物で間違いがなかった。慰安旅行…のはずなのだ。その記憶はあったが、同僚とここへ来た記憶が消えていた。まあ、そうはいっても仕方がない。夕空はすでに暗まり、とっぷりと暮れかけていた。岩窪は飛び込んだ旅館へUターンした。

「ごゆっくり…」

 番頭に部屋へ通され、お茶を飲んだとき、岩窪は急に眠くなった。そしていつしか、深い眠りに沈んでいった。

「岩窪! 起きろっ。もう着くぞっ」

 岩窪は会社の同僚に起こされた。場所は列車内で、いつの間にか寝込んでしまったのだ。列車の眼下に旅館[鮎川]の姿と川岸が窓に見えた。岩窪は、またドンチャン騒ぎと露天風呂か…ときょうめた。やれやれ…と座席を立った岩窪は下半身がいいお湯加減に生暖かく濡れているのを感じた。


                THE END

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