[第77話] 鬩(せめ)ぎ合い
天空では目に見えない鬩ぎ合いが続けられていた。双方、入り乱れての鬩ぎ合いは、下界にシトシト雨を降らせた。
「梅雨らしく、よく降るな…」
湿気が高く、室内が蒸し返る中、縦溝昇は欠伸をしながら、そう言って外を見た。洗濯ものを畳む妻の雅子の返答はない。それもそのはずで、縦溝家でも両者の鬩ぎ合いは続いていたのである。
コトは単純なことから始まった。雅子の頼みを縦溝が無視したからだった。恰も、上空の暖気団が北へ押し上がろうとする意志を、寒気団が無視したような話だった。…それは少し違うかも知れないが、まあ、いずれにしても鬩ぎ合いであることに違いはなかった。縦溝と雅子との鬩ぎ合いは、ここひと月ほども続いていたが、双方とも治まるきっかけが見い出せず、梅雨空のような長期戦に至っていた。
「今日は晴れたな。…ビールは?」
シャワーで汗を流した縦溝が、それとなく雅子に訊いた。
「私も飲むから買ってあるわ…」
不承不承、雅子は返した。梅雨の晴れ間的なこんな会話が交わされる日もあったが、すぐ雨寄った。
そうこうして日が過ぎ去ったある日、気象庁がテレビで梅雨明けしたとみられる・・と発表した。上空の折り合いがつき、暖気団と寒気団の鬩ぎ合いが終わったのだ。
「ほう…梅雨明けか。どうりで夏の暑気な訳だ…」
「…私達も梅雨明けしましょう」
笑顔の雅子がコップ二つ、ビール、ツマミを盆に乗せ運んできた。縦溝家でも鬩ぎ合いは終息した。
THE END




