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[第72話] 出たとこ勝負

 並木有也は勝負師を自負するサラリーマンである。彼は生活のすべてで勝負して生きている。それは、目に見える場合もあり、心だけの目には見えない場合もあった。」

 ここは人事部管理課のデスクである。早くから仕事熱心な管理課長の毛利もうりが出勤してきて、席に座っている。

「おはようございます」

 並木の心の中では勝負が始まっていた。

━ さて、今日は陽気なパターンでいこう。果たして、3文字以上、口を開くか? ━

 並木は他人が聞けばどうでもいいような勝負を、内心で勝負していた。

「ああ…」

━ チェッ! 2文字かよ… ━

 並木が不満げに腰を下ろした姿を、運悪く毛利が見ていた。

「どうかしたの、並木君?」

 毛利は毛のない頭を禿はげ散らかして、そう言った。出勤時間としては、双方ともかなり早く、まだ誰も出勤していなかった。

「いえ、べつに…」

「そう? …今朝も早いね」

 並木としては思わぬ展開である。

━ 2文字だったが、2文字以上だな。ヨッシャ! ━

 並木は内心でガッツポーズをした。あたかもサッカーの決勝点をゴールへ叩きこんだストライカーのように、である。これで並木の出たとこ勝負は決した。昼食は食堂ではなく、行きつけの鰻屋、魚政に決まったのだ。

 昼の休憩になり、並木は喜び勇んで駆け出した。だが生憎あいにく、店は臨時休業していた。

━ なんだ… ━

 並木の出たとこ勝負は、コンビニ弁当に変化した。人生とは、こんなもんだ…と、並木は大げさに思った。


                    THE END

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