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[第63話] 体裁(ていさい)

 林川はやしかわ房子ふさこは五十半ばの中年女である。彼女の人生は、すべてがすべて体裁ていさいで塗り固められた体裁だらけの人生だった。そんな房子だったが、やはり人並みに本音を吐きたいと思うときもあった。房子はそんなとき、さりげなく遠くの町へ買物に出た。近くでは知り合いの人目もあり、何かにつけて体裁をとりつくろわねばならなかったから、不便だったこともある。

「もっとさ、安いのないのぉ~~!!」

 房子は、服飾品を手に取り、言いたかった本音を思う存分、愚痴ぐちった。

「お客様、そう言われましても、こちらのお値段が大よそ、どこのお店でも相場でございまして…」

「そうおっ!? おとなりうちの奥さんなんか、この半値で買ったとか言ってたわよっ!」

「はあ、確かにそういう手合いもございますが…ほとんどがにせのブランド商品でございまして」

「ふ~ん…。まっ、いいわっ!  もう少し、安いの置いといてよねっ! また来るわ」

 えらそうに店員へ本音をぶちまけ、房子は店を出た。

「ありがとうございました!」

 店の店員は店の品位を保とうとしてか、態々(わざわざ)外まで出ると懇切丁寧こんせつていねいに房子を送り出した。房子の気分はよかった。元々の目的が体裁を捨て、本音を吐くことだったからだ。

 房子は二軒ほど先にある同じ系統の服飾専門店へ入った。この店でも房子は日頃の鬱憤うっぷんを晴らすかのように本音をぶちまけた。どうせ二度と来やしない・・という心がそう言わせた。しかも、ご近所や知り合いも、見たところいなかった。

「はあ…」

 アレコレと出させた房子の言い分を一応、店員は我慢がまんして聞いていた。そこへ現れたのが、おとなり電力でんりき照子だった。

「あらっ? 川林の奥様じゃございませんこと」

「あら! 電力社長の奥様じゃありませんの。こんな遠くへ?」

「ええ、娘のとつぎ先ざぁ~ますの。奥さまこそ」

「ほほほ…気晴らしのドライブのついで、ざぁ~ますのよ」

 この町でも体裁か…と、房子の心はえた。

「あら! そうでしたの。ほほほ…いやだぁ~!」

 照子も房子に出会って心が萎えていた。体裁で蓄積した憂さを晴らそうと、この町へ来たからである。そこへ、別の客の対応を終えた店員が、ふたたび現れた。

「お待たせいたしました。もう少しお安いのをお探ししますね」

「あらっ? そんなことお口に出しましたざぁ~ます?」

 房子は前言を取り消した。

「はっ? そう…でございましたか?」

 店員はいぶかしげに房子を見た。

「ねぇ~!! もっとお高くござぁ~ませんと。ねぇ~~!!」

 房子は照子に体裁をとり繕い、同意を求めるように振った。

「ええ、当然ざぁ~ますわぁ~!!」

 照子も援護して体裁をとり繕った。結局、店を出たとき、二人の財布は空っぽだった。


                    THE END

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