[第6話] 時代劇風
鳥貝彦一は妻の緑と娘の登志子の三人で暮らしている。朝、朝食を終えた鳥貝は庭木の剪定を始めた。ここ最近、どうもスパっと斬れないなあ…と愚痴を零しながら、鳥貝は庭の菊の整枝をしていた。鳥貝にとって、剪定や整枝で鋏を使うのは、恰も時代劇風の立ち回りなのである。鳥貝は、さも自分が時代劇の主演を演じる剣の遣い手でもあるかのように、すべての庭木や草花を剪定、整枝していった。庭木や草花で切られる部分は、彼にとっては悪人で、斬った…となる。鳥貝は作業を終えると、「ふふふ…、そのうち息を吹き返す者どもじゃ…」と誰もいないのに独りごち、枝の切り口に保護剤を塗っていった。鳥貝は植栽に限らず、万事が万事、この時代劇風だった。家族の者達も今ではすっかり鳥貝に馴れてしまい、いや、馴らされてしまい、そう深く考えなくなっていた。お父さん、また、始まったわ…と、今朝も娘の登志子は諦め声で出勤していった。鳥貝の時代劇風が強まったのは定年退職後だった。それ以前の鳥貝はごくフツ~~のありふれた中年親父だったのである。それが、定年後の些細なあることを境にして急変したのだった。そのあることとは、鳥貝が偶然観た懐かしの映画だった。鳥貝は過去、封切られたその時代劇映画を見逃してしまっていた。ビデオショップなど、いろいろ入手できそうな情報を得ては足繁く通った鳥貝だったが、ついにその目的を果たせず、観られないまま定年を迎えたのだ。それが、である。退職後、偶然にも偶然、CS波で観ることができたのである。鳥貝は、すっかり有頂天になり、子供のようにとび跳ねた。そして、観終わってからというもの、態度が一変してしまった訳だ。家族の者達は鳥貝がどうかしたんじゃないか・・と案じた。だが、鳥貝はどこも悪くはなく、至って健康だった。
「お父さん! ご飯よぉ~」
「おお! そうか。しばし待て」
夕方になり、緑の声に新聞を見ていた鳥貝は時代劇風にそう返した。緑も馴れていたから、別になんとも思わなかった。しばらくして現れた。
「おお! 今宵はなかなかの趣向じゃ!」
鳥貝の好物のムツの味噌焼きが皿に乗せられていた。鳥貝はムツの味噌焼きがあれば、ご飯が何膳も進んだ。そのムツの味噌焼きである。
「かようなものが、殿のお口に召しますかしら、ほほほ…」
緑も負けてはいない。時代劇風に応じた。
「いやいや、苦しゅうない。なかなかのもの。余は満足じゃ…」
登志子は、やってらんないわ! というような呆れた顔で鳥貝を見て言った。
「わらわは、ちと所用がござりますゆえ、これにて…」
食べ終えた登志子は、食器を洗い場へ運び、洗い終えると、馬鹿馬鹿しいわっ! という顔で消えた。このように、鳥貝家では、すべてが時代劇風なのである。
THE END




