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[第50話] それは、ない…

 土筆つくしあらたは、今をときめく新進スリラー作家だった。彼のスリラー小説はサスペンスとは一線を画し、どこか不気味で身の毛がよだった。地球温暖化で涼を求める傾向が人々に強まったからでもないのだろうが、どういう訳か子供からお年寄りまでの幅広い世代に人気があった。土筆の筆致ひっち卓越たくえつしていて、読む者を小説の中へ誘い込み、とりこにした。そんな有能な土筆にも欠点が一つだけあった。彼は新作を思い描く中で、どんな場合でも「それは、ない…」と口走るのだった。自分が心に描いた構想を一端、自らが否定することで、新しい展開を構成しようという彼独自の手法だった。ただ、その口走りが自分の意志で制止できず、ところ構わず口走ってしまうことだった。普通の場合は、変な人だ? と思われる程度で済んだが、とんでもないケースに発展する場合もあった。

 人混みの繁華街を歩いていた土筆に、突如として新しい小説の構想が一つ、ひらめいた。当然、土筆は足を止め、反射的に口走っていた。

「それは、ない…」

 その場の近くでは、偶然、易者が一人の客を占っていた。

「ちょっと、あんた! 私の見立てにケチをつけなさんな!」

 土筆が驚いて声がする方向を見ると、易者と客が自分を見ているではないか。

「あっ! いやいや。オタクの話じゃないんです。すみません」

 土筆は反射的にあやまり、頭をペコリと下げていた。

「また、この次にするよ…」

 客は椅子を立つと、見料を置いて去った。土筆も歩き始めた。そのときだった。中途半端な見立て赤っぱじをかかされた易者が叫んだ。

「ちょっと、そこのお方! 待ちなさい!」

 土筆は立ち止り、振り向いた。

「見料はいりませんから、座りなさいっ! あるか、ないか、はっきりさせよじゃありませんかっ!」

 易者は、少し興奮していた。土筆としては何のことか分からなかったが、易者が怒っているようだ…とは分かった。土筆はもどすと、易者の前へ置かれた椅子へ座った。

「あの…何がある、ないんでしょ?」

「嫌ですなぁ~。あんた。『それは、ない…』っていったでしょうが」

「ははは…それは私の口癖くちぐせでして…」

「おかしな人だ、あんたは…。私は易者ですぞ!」

 易者はあきれた。そのときまた一つ、土筆に小説の構想が湧いた。

「それは、ない…」

「何がないんですっ!」

 土筆は易者を怒らせたことに気づき、思わず口を手で押さえた。

「いやいや、『それは、ない…』ということはないんですよ」

「ややこしいお人だ! もう、よろしいです」

 易者は嫌な顔をしながら片手で土筆を追っ払う仕草をした。土筆は、すぐ立ち去った。それ以降、土筆はマスクをかけて、外をブラつくようになった。そして、今日もまた歩いていた。

「やあ、土筆さんじゃないですか! また、お願いしますよっ」

 土筆の姿に気づいて懇願するように近づいてきたのは、出版社の編集記者だった。

「それは、ない…」

 閃い(ひらめ)た編集者はいぶかしげに土筆の顔を見た。

「いやいやいや…それはない、ことはないんですよ、ははは…」

 土筆は、笑って誤魔化ごまかした。


                    THE END

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