[第5話] 下手(へた)に話す男
禿山日出夫は話ベタだ。なんとか相手に気持を分かってもらおうとするが、いつも裏目に出て真意が伝わらないのである。いや、それだけならまだいい。禿山の話は全てが全て、逆の意味で相手に伝わるのだった。
先だっても、来年度予算のヒアリングがあったとき、収入役の奥目を前に、とんでもない失言を口走ってしまった。けっして禿山が意図したことではない。
「ですから、今、申し上げたとおり、来年度も…」
「来年度も・・って、積み上がった起債を全額、償還できるメドは立っておるのかね?」
「はい! それはもう…。たかだか、数億のことじゃないですか」
「なんだって!!」
奥目は怒りのあまり、感きわまった声を張り上げた。もともと高い声の奥目だったが、1オクターブ高くずれた金切り声で叫んでいた。禿山が言いたかったのは、100年で少しずつ均等額を償還すれば、1年度、数百万で事足りるじゃないですか・・という意味だった。要は、根幹の肝心な細かい説明が抜け落ちていたのである。そんな話の下手な禿山だったから、いろいろなトラブルを巻き起こした。
怒らした奥目をなんとか宥め、ようやくヒアリングを終えたときは、すでに昼休みの残り時間が半分ほどになっていた。禿山は慌てて階上の食堂へ駆け込むと、ざる蕎麦を注文した。
「おばちゃん! いつもの。山盛りを10枚ね」
驚いたのは、いつもいる賄い婦の本藤だった。本藤は、そんなに食べるの? という顔つきで禿山を見た。禿山はキョトン? として、本藤を見た。そして次の瞬間、また何かおかしいことを言ったかな…と、考えた。禿山が言いたかったのは、『おばちゃん! いつもの。山盛りで10枚ほど食べたいけど、時間がないから、今日は1枚ね』だったのだ。またまた肝心な話の細かい説明が抜け落ち、さらに悪いことには、間違えていた。
「10枚?」
本藤も禿山の口ベタは毎度のこと・・と分かっていたから、ニヤッとした笑顔で訊ねた。
「1枚…」
禿山は、笑顔でゆっくりと首を横に振りながら、小声で返した。
THE END




