[第49話] 氷と水
ここは、とある商社である。岩窪堅一と柔肌餅雄は同じ課の双肩として腕を競っていた。仲が悪い訳ではなかったが、ある種のライバル感が課内に漂い、二人が見えない火花を散らす様子が時折り見られた。岩窪と柔肌の性格は、これも絵を描いたように相反していた。岩窪の発想は氷のように固く、柔肌はその逆で、水のように柔らかな発想だった。
「…弱ったたな。俺には分からんから、この一件は二人に任せるよ。ははは…早い者勝ちだ」
課長の油木は課のエースの岩窪と柔肌に下駄を預けた。
次の日から、二人のやり方で相手会社との契約獲得競争が始まった。岩窪は過去のメリットを得たときの相手会社との契約データを集めて分析した。氷の発想である。片や柔肌は、相手会社が今後、何を目指しているかという未来の経営方針に関するあらゆるデ-タを集めて分析した。水の発想である。
二人の発想は相手会社を招いてのプレゼンテーションで激突した。とはいえ、それは表面上は見えない静かで熾烈な争いだった。
「なるほど…。お二人のプランニングは理解いたしました。持ち帰って検討いたします。ご返答は後日、電話にて…」
相手会社の執行役員達は納得しながら静かに席を立った。
数時間後、油木と執行役員の酒を飲み交わす姿が銀座の一流クラブで見られた。恒例になっている接待である。
「どうですかね? 感触は…」
油木は侍る綺麗どころに酒を勧めさせながら、訊くでなく訊ねた。
「まあ、五里霧中の話ですな、ははは…」
「なるほど! 霧ですか…。今のところ、どちらが?」
油木が訊ねたとき、別の執行役員が赤ら顔でポツリと漏らした。
「ははは…それは、あなた…霜と出るか雪と出るか、ですよ」
「霜と雪? …はあはあ、持ち帰ってみないと分からないと」
「そうそう。早朝、晴れるか降るかは、私らには…」
「ははは…生憎、両者とも霙になることも、あるでしょうが」
また別の執行役員が口を開いた。油木は、痛いところを突かれ、苦笑した。岩窪と柔肌の氷と水の発想だけでは割り切れないウィスキーの水割りのような契約だった。
THE END




