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[第33話] イン・ドア派

 下永しもなが等は根暗ねくらになっていた。なにも好き好んでこうなったんじゃない! と、下永は思って生きていた。世間並みの大学を出て、就職したのは一流商社だった。そして数年は順風満帆じゅんぷうまんばんの人生だった。彼の未来は誰の目にもバラ色に思えた。だが、世の中はそう甘くなかった。数年がったある日、下永の商社は外資系会社に吸収され、彼はリストラで左遷同様に子会社へ出向となった。ここまでは、まだよかった。さらに輪をかけて、その子会社は整理され消滅し、下永は失業したのである。意気健康で明るかった下永は、この日を境に根暗に変身した。下永は社会が嫌になり、外へ出なくなったのである。あちこちと出歩いていたアウト・ドア派の下永が、イン・ドア派になってしまったのだ。

 ここは下永がかつていた商社の課である。

「下永君、今、どうしてるんだ?」

 ふと、下永のかつて座っていたデスクを見ながら、課長席に座る仙波せんばが部下の係長、胡麻ごまたずねた。仙波は下永と同期入社だったが、数年間、泣かず飛ばずで、危うく首になりかけた男だった。それが皮肉にも下永とは真逆に、吸収合併後は飛ぶ鳥を落とす勢いで出世コースをのぼりつめたのだった。根暗でイン・ドア派だった仙波は、出世とともにアウト・ドア派へ変身した。

「聞いた風のうわさでは、なんか飛んでないみたいですよ」

 胡麻は小声で他の課員に聞こえないよう、ボソッと言った。

「飛んでないか…。まだまだ飛べる奴なんだが…」

 そう仙波が言ったときだった。下永がツカツカと課へイン・ドアしてきた。

「久しぶりだな、仙波!」

「おお、下永か…。よく入れたな」

 仙波は驚いたかすれ声で下永に言った。胡麻は予期せぬ下永を見て言葉を失い、茫然ぼうぜんと課長席の前で立ち尽くした。

「ああ…。玄関受付の倉島君が訳を言ったら入れてくれたよ」

「倉島? …ああ、ここにいた倉島加奈か」

「今は総務課です…」

 ようやく落ち着きを取り戻した胡麻が、小さな声で言った。

「今日は君に頭を下げにきた。なんでもやる! 俺に仕事をくれ!」

 下永は人目もはばからず頭を下げ、大声で言った。イン・ドア派の下永はアウト・ドアしたくなったのだ。


                   THE END

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