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[第30話] 易者(えきしゃ)

 川久保純一は悪夢の束縛そくばくから逃れたいと足掻あがいていた。誰に強制されたものでもなかったから、余計、始末が悪かった。過去にこんな気分におちいったことはなかったから、何かにとりかれたんじゃないか? と川久保は思った。このまま、というのも気分が悪い。川久保は占ってもらうことにした。

 夕方、街へ出て路地裏を探していると、易と書かれた古風で四角い行燈あんどんを机に置き、易者風の老人が座っているのが見えた。頭に頭巾ずきんかぶり着物姿ので立ちの老人は、見るからに易者えきしゃという風貌ふうぼうだった。

「占ってもらえますか?」

 川久保は近づくと、易者にポツリとたずねた。

「どうぞ…」

 易者はこころよく了解した。川久保は椅子へゆっくりと腰を下ろした。

「手を…」

 易者に言われるまま川久保が手を差し出した途端、手を取った易者の表情がにわかにけわしくなった。

「これは、いけません! いけませんぞぉ~。いけません、いけません…」

 川久保には、何がいけないのか分からない。

「あの…なにが?」

 川久保は恐る恐る易者にいていた。

「えっ? ああ…すみません、こちらのことで。お恥ずかしい話しながら、少しもよおしましてな、ははは…。このあたりには、ご不浄がない。困ったものです…」

 易者は低い小声で言った。それにしては落ちついている…と川久保には思えた。

「大丈夫ですか?」

「いやなに、峠は越しました。もう、大丈夫、ははは…」

 何が大丈夫だっ! と川久保は少し怒れたが、思うにとどめた。易者は、もう一度、川久保の手を取り直し、もう片方の手に持った天眼鏡を近づけ、シゲシゲと見た。

「ほう! ほうほう! ほう!!」

 何が? と、川久保には、また思えた。

「どうされました?」

「ご安心めされよ。悪夢を、もう見られることはないでしょうぞ」

 ひと言も言ってない川久保の悩みが見事に当たっていた。川久保は易者が空恐ろしくなった。

「これをお持ちなされ」

 易者は川久保に一枚の小さな紙を渡した。川久保は、その紙を背広の内ポケットに入れ、見料を支払うと椅子を立った。

 それ以降、川久保はうそのように悪夢を見なくなった。これで終われば話はオカルトなのだが、話には続きがあった。

「先生! 有難うございましたっ!」

「いやなに。これも人助けですからな、ははは…。それにしても不思議ですなぁ~。あの紙、効きましたか?」

 易者は川久保の母から頼まれたのだった。川久保は母にうっかり愚痴っていた。


                    THE END

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