[第28話] 奇妙な忍者
戸沢は、伝説上、戦国時代の忍者の師として有名な戸沢白雲斎の子孫である。子孫だからとはいえ、現代社会で忍者は調法される存在ではない。今はしがない役所勤めに明け暮れていた。そんな戸沢だったが、一応の忍び術は修得していた。それは先祖代々、家伝として親から子、子から孫へと引き継がれたものだった。戸沢も例に漏れず、幼い頃から父にしごかれ、最低限のことは伝授された。だが今の時代、一部のアトラクションとしての忍者の活躍は知られているが、一般には活躍する場がないのが相場である。戸沢も忍者修行を、とても一生の仕事には出来ない…と、塾の習い事のように軽く考えていた。そんな戸沢も、やがて成人し、役所への就職が決まった。仕事は、人事考課が低かったせいか、誰でも出来そうな生活環境部のとある課のとある係だった。誰でも出来そうな・・といえば誤解を与えるが、たまに欠伸も出る退屈な仕事だった。戸沢は欠伸をしながら考えた。忍者技を何かに生かせないだろうか…と。その機会は、ふとしたことで訪れた。
「あっ! 戸沢君。悪いがね、昼までに至急、頼む」
課長の投動からの急ぎの依頼は蜂の駆除だった。誰もが嫌がる手合いの仕事だった。だが戸沢は逆で、ついに出番が来たか…と、内心でニヤけた。それが、つい言葉と顔に出た。
「はい! 行ってきます!」
課の全員が怪訝な面持ちで戸沢を見た。そして、庁舎を出るや、戸沢は疾駆し、目的の家へと着いた。ここからが忍者の腕の見せ所である。秘術を使い、蜂を巣ごと凍らせ退治したのである。退治とはいえ、これも秘術により人気のない山肌の木影に置くと、少し離れて印を結んだ。すると、あら不思議、凍結していた巣や蜂達は、何事もなかったかのように飛び回ったのである。もちろん、そのときに戸沢の姿は山肌から失せていた。その間、およそ10分にも満たなかった。普通人間には出来ない離れ技だった。そしてまた疾駆して庁舎へ戻った戸沢は、息も切らせず、投動に報告した。全員の視線が戸沢に釘づけになった。
「ええっ! もう? 嘘だろ?」
信じられないのか、投動は時計を見て言い、依頼者へ電話した。
『ええ! お蔭さまで、こんなに早く…。ええ! お世話になりましたっ!』
受話器から聞こえる依頼者の快活な声に、投動はゾォ~~っとして戸沢を見ようとした。だがそのとき、戸沢の姿は、すでに課になかった。
「おい! 戸沢君はどうした?」
「ああ…食堂で昼にするって、上がりましたけど…」
このことがあってから戸沢は、奇妙な職員として、皆から一目置かれることになった。戸沢が忙しくなったのは当然である。だが彼は、ちっとも苦にしていなかった。それどころか水を得た魚のように、今日も奇妙な忍者として役所の蔭で暗躍している。
THE END




