[第22話] まあまあ
世の中は、まあまあで成り立っている・・と考えて生きているのが商社オーロラのキャリア・ウーマン、城永日沙代である。小難しく言えば、━ すべからく中庸をもって良しとす ━ という格言どおりに生きている、ということになる。彼女には押しも押されぬ会社の顔として、多くの契約を纏め、他社との良好な関係を築いてきた実績があった。頭の切れは抜群で、大手商社の女性社員としては破格の営業部長職に就任して久しかった。まあ、男女雇用機会均等法の力が少なからずその登用に力を貸したということも、なくはない。そんな日沙代だったが、彼女は次期取締役候補の一人にも上っていた。
「あら? 今日は、まあまあのご出勤ね」
会社の玄関[エントランス]で出食わした販売部長の吉川学に嫌みとも取れる朝の挨拶をし、日沙代は営業部へと急いだ。ただ、彼女の言動は嫌みでもなんでもなく、平均値に近いから、まあまあ…と言った言葉だったのである。前日の、いや、ひと月の吉川の出社時間は、日沙代の脳内に格納されていて、言葉の裏には出社時間の平均値が存在していたのだ。日沙代は万事が万事、この調子だった。
「部長、月星商事の株価、どう思います?」
第一営業課長の早川秀男が息を切らしてバタバタと部長室へ飛び込んできた。二日ほど前から俄かに月星商事の株価は値上がりしていたのである。その報告にも日沙代は動じなかった。すでに彼女はその訳を分析し、読み切っていた。
「あら! いいじゃない。まあまあよ…」
「どういうことです?」
「吉川君、まあ一週間、待ちなさいよ、反転するから」
「はあ…」
自信ありげな日沙代の言葉に吉川は喉を弄られた猫のように大人しくなり、ゴロゴロ…とUターンした。大空物産の月星商事へのM&A[戦略的合併回収工作]は日沙代蜂のひと刺しで頓挫したのだった。こんなことは朝めし前の日沙代である。
「まあまあだわ…」
自分の読み筋は、ほぼ当たっていた。早川が出て言ったあと、日沙代は部長席に座りながら、そう呟いて好きなアメちゃんを口へ放り込んだ。ひと月ほど前、出張した大阪で、日沙代が偶然、知ったおばちゃんの味だった。
「まあまあだわ…」
この場合のまあまあは、まあまあの味だった。
THE END




