[第2話] おこがましい
会員制の超高級一流レストランである。小じんまりした店内へ、さも当然のように入ってきたのは財閥総帥の会長、福山だった。
「あんたね!! こんなとこで待たせて、困るじゃないかっ! こう見えても私ゃ会長だよっ!!」
「はあ…そうは言われましても規則は規則なんで…」
店員の矢島は、偉い客に捕まったな…という萎えた顔つきで福山をチラ見した。
「私だよ! わ、た、しっ! 知らないか? 私を!」
「はあ…申し訳ないのですが、存じ上げておりませんので…」
「困った店員だ! 店長は。おらんのかね?!」
「はあ…生憎、ミシュラン関係の会合で出かけておりまして…」
「シェフは!?」
「はあ…食材の交渉で、つい先ほど出かけました…」
それを聞いた福山は小さく舌打ちしたが、ナメクジのように萎えた矢島を見て、『大人げない、少し興奮し過ぎたか…』と瞬間、思った。
「君に言っても始まらんな。水を一杯、くれたまえ」
「分かりました…」
一端、厨房へ下がった矢島は、水の入ったコップを持って、すぐ現れた。福山はそのコップを手にすると、いっきに水をガブ飲みした。
「…あのう、誠に申し訳ないんですが、どちらさまで?」
飲み終えた福山の顔を見ながら矢島は怖々(こわごわ)、訊ねた。
「私か? ははは…『問われて名乗るも、おこがましいがっ』。…福山だよ」
福山は好きな歌舞伎の台詞の一節を唸り、僅かな間合いのあと、やんわりと名乗った。
「待ってましたっ! ○○屋っ!!」
矢島も歌舞伎ファンだったから、間髪いれず唸った。その瞬間、福山の態度が一変し、笑みが漏れた。
「ほう! 君も歌舞伎好きと見えるな…」
「はあ、まあ…」
「そうかそうか…。いや、なに。いつでもいいんだよ私は。また、出直すとするか…。これ以上いるのも、おこがましいからな。ははは…また、来る!」
福山は上機嫌で店を出て言った。矢島は福山が何をしに来店したのかを結局、分からなかった。
THE END




