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[第12話] ブラスマイナス

 橋山透は会社中で、あいつは天然だ・・で通っている社員だ。人がなぜそう言うのか、橋山にはまったく理解出来ず、自分はごくありきたりな男だと信じている。ただ、他の者達とは少し違うかな…と思えることが橋山には一つだけあった。それは、すべてのものごと、それは公私の区別なく・・なのだが、あらゆることをプラスマイナスで考える、ということだった。橋山はこう考えることを取り立てておかしいとは思っていなかった。だが、他の社員達にはそうは映らず、あいつは天然だ・・となった訳である。

 会社へ出勤すると、普通の場合、まず、女子社員の比良坂がお茶を湯呑みへれ、運んでくる。橋山は、これは体内にエネルギーが加味される行為だからプラスだ…と、まず考え、有り難く茶をすするるのである。比良坂が運んでくれるのだから、自分の体内エネルギーを減じ、マイナスにすることはない…と、さらに思う。加えて、お茶自体は、お茶葉ちゃっぱ代を課内の割り勘で支払っているのだからプラスマイナス0だ…というのが橋山の計算だった。

 しばらくすると、会社が始業となる。このときでも、同僚の社員がパソコンを開いて仕事を始めなければ、橋山の場合、まず自分からパソコンを始動し、仕事を始めることは100%なかった。これにも橋山の考え方があった。少しでも体内エネルギーを温存しようとする発想である。身体を動かすことは蓄積したエネルギーを減じ、ひとえにマイナス要因になるという発想だ。こんな橋山を上司の課長、川平はまったく当てにしていなかった。当然、課員達も右にならえで、天然な男として橋山をあつかっていた。

「あっ! 橋山さん。どうぞ、お先に…」

 昼休みとなり、食堂で食券を買った橋山が列の後ろへ並ぼうとすると、社員達は一斉いっせいに先をゆずった。決して尊敬、上司、先輩・・ということで、ではない。なんと、橋山は同じ課だけではなく社内の全員から異色の存在として名をせていたのである。

「そう? すまないねぇ~」

 橋山は譲られたことを別になんとも思わず、軽く聞き流すと、列の先頭へ出て食券で注文をした。橋山の思考では、立っていること自体がエネルギーの消耗を意味し、マイナスだった。昼までは随分、プラスの仕事をこなしたのだから、食事でマイナスとなってもプラスマイナス0で、取り分けて社会に貢献していない訳じゃないだろう…と思いながら、橋山は美味うまそうに食べ始めた。


                     THE END

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