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セロリ  作者: 蜷川杏果
4/5

彼女を見つけて、そのあと。

 僕の人生を、ここで大事なことだけを考えながら振り返ろうと思う。彼女になった人で、僕が好きな人は僕から離れていった。彼女が僕を好きな時は、無理やり彼女が僕を嫌いになるまで待っていた。友達はあんまりうまく作れなかった。なんか、何であいつに彼女がいるんだろう?って言われるタイプの人間だったんだろうな。

 復習終わり。要するに彼女もいつもの通り、僕を嫌いになり、どこかへ行ってしまっただけなんだ。


 彼女の毎日ではないつれづれは、僕が“二人とも幸せだ”と思っていた時期まで遡ることができた。一通り遡った後、どんどん今に近づくような形で読んでいくことにした。

 彼女の書くことは、けっこう考えていることが多くて、今日のこういう出来事は~などという文章が多い。友人と議論のように話し合っていることも多い。僕と別れろと執拗に言っている人がいるけど…その人が男ではないことにだけ本当に救われる。

 僕は彼女と一緒にいること自体が幸せだったんだけど、彼女はもっとしたいことがいっぱいあったみたいだ。彼女はそんなこと言わなかったけど、秘密にしてくれてたのかもしれなかった。……言えなかったのかもしれなかった。僕は幸せだったから。

 そうやって彼女の気持ちを少しずつスケジュール帳に照らし合わせて見てみると、彼女も僕も、お互いにたくさんのことを我慢していたみたいで、そういう話ができなかったのが二人がうまくいかなかった原因なんじゃないかとなんだか他人事みたいに思った。


 そして、およそ一か月ほどの間、僕に関する記述がさっぱりと消えた。だからと言って、僕以外の男が出てくることはなくて、それが彼女は一途に僕を好きでいてくれたんじゃないかと思う気持ちをまた裏付けてくれる。

 だけど、その間に、そのひとつきの最初のほうに、一つだけ、セロリに対する記述があるのだ。その日記は、まず引用から始まる。セロリのカロリーと、セロリの消化に使うカロリーを比較すると、消化に使うカロリーのほうが多い。だからセロリだけを食べ続ければ物を食べながら餓死することができる。セロリは栄養があるだろうから食べる価値がないわけではないけど、と彼女の追記がある。その話は少しずつ名前のない男の……僕の話になる。僕は最初から名前を出されてなかったからそこはあんまり関係ないけど。

『あの人に対して支払う愛情は、私が受け取れる愛情の量に見合ってないような気がする。そういう考えはだめなのかもしれない。返ってこないことに文句を言ってはいけないのかもしれないね。無償の愛じゃないのかってさ。でも、このままじゃ私、餓死しちゃうよ。

 得られる経験だけじゃ、明日彼と一緒に生きてくための栄養が足りない。』


 ―――人生経験は人間を大きくするって言うけどどうなのかなあ。彼女が去年の暮れにそんなことを言っていたのを思い出す。僕との別れのことを、考えていたのかなあ。


 そして一月に入ると、僕のことで悩んでいる記述がずらっと並ぶ。彼女の前で、僕は何も知らずにいつも通りにしている。彼女に甘えた生活を送っている。このままじゃ私は死んでしまう。でも、私がいなくなったこの人はどうなるの。どんな顔されるんだろう。どんな風になるの?

『でも、』と彼女は言う。

『でもこの人はきっと、私がいなくても他の人とうまくやっていくんだ。この人の毒のような魔力のような魅力で、きっとまた罪のない女の人が私と同じ位置に立って。愛情を搾取されるのでしょう。そしてこの人にとって私は必要なくなるんだ。』と。彼女は強く僕につきつける。私の中のあなたってこんな人よ、と。

 そして一言残すのだ。

『私はこの人とは生きていけないんじゃない。きっと、私の求める愛情は大きすぎる。だからきっと、もう二度と誰とも。』


 そして二月の一週目。『別れました。』とだけ書かれた日記で、僕の知っている彼女は止まっている。

 ……最新のつれづれを見る限り、彼女の日付は進んでいる。だけどどっかで引っかかっているみたいだ。内容がかなりガラッと変わってしまっている。おなかがすいた、とか眠いなあ、とかそういう言葉で埋まっていく。今彼女はどこにいるんだろう、何を懐かしんでいるんだろう、何に悲しみを覚えているんだろう、今何してる?そんなことは全く分からない。知ることはできなかった。感情はすべて僕の部屋の掃除で使いきってしまったみたいに何もない。


 彼女の舌足らず気味の日記を見るために先日作った僕のアカウントは、その日の一言で止まっている。

『どうしたらよかったんだろう』

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