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駅前留学MOVA  作者: 紅葉
第一章 消えた友人と語学教室
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第五話 たのしいモルバニア語講座入門編

最上(もがみ)さんと連絡がつかない」


 美桜捜索の糸口が見付かったことを、あの麻薬取締官に報告したくて、柚希は以前貰った名刺の携帯番号にかけてみた。けれど、何度かけても携帯会社のアナウンスに「現在お繋ぎできません」と言われるばかりだった。

 肩書きも何も書かれていない、最上光という名前と手書きの携帯電話番号。それだけの名刺は、曲がりなりにも社会人である柚希には非常に奇妙に思えた。


「何が、何かあったら連絡しろだ。連絡つかないじゃないの」


 始業時間がくれば、私的な電話は出来なくなる。残り少なくなる時間に、柚希はイライラとしながら幾度めかのお繋ぎできませんアナウンスを途中で切った。







「もーれん?」

「そう、それが《こんにちは》だ」


 新しい言語の習得は、一朝一夕では叶わない。

 

「かば、もーれん?」

「そう、この最初の部分の使い分けで《こんにちは》になる」

「んじゃ、もしかして、《こんばんは》は、そら、もーれん?」

「筋が良いじゃないか。だが、一番よく使う挨拶はモラだ。英語でいうところの《Hi》や《Hello》に似た意味を持つ」


 最上さんと連絡の取れないまま、レヴィンとのモルバニア語講座は続く。かなり実践的なレッスンなので、読み書きよりまず会話重視のようだ。

 挨拶、自己紹介、天気、道を訊ねるときの会話、お店での注文……言語が違っても授業の進め方はそう変わらないらしい。

 それに合わせて名詞、動詞、形容詞などを丸暗記の勢いで詰め込む。

 チョコペンでパンに書いて食べたら頭に入らないかなと真剣に思う。

 ともあれ、柚希はひたすら繰り返し口に出して練習した。


 どうせ四時間ぶっ通しのレッスンである。

 休憩時間はあるが、部屋も講師も変わらない。なので柚希は、休憩タイムに入った途端に頭に糖分を入れようとチョコレートを鞄から出した。

 退室せずにレッスン室に残っているレヴィンに、柚希は申し訳程度にチョコレートをおすそ分けする。

 柚希は、最初に提案された時から気になっていたが言えずにいたことを、今日こそはと口を開いた。

 完全に気を許しているわけではないものの、今はレヴィンを頼る他はなく、これまで一緒に過ごした時間がそれを切り出しても良いのじゃないかと柚希に判断させた。


「レヴィンは……ミオを知ってるの?」


 美桜がいなくなったことと、あなたは関係があるの?

 貴方は何者なの?

 そしてモルバニアってどこなの。

 聞きたいことはたくさんあるが、これしか言えない。今の柚希の語彙力もお粗末ながら、それをうかつに聞いていいものかどうかも判断がつかないからだ。

 先手必勝とばかりに突っ込んでいくように見えて、柚希は実は繊細な柔道をする人間だった。


 レヴィンはレッスンのためと、普段のやりとりからモルバニア語を使う。よほど柚希が分かっていないと判断したときは、英語か日本語で解説が入るが、基本モルバニア語で話しかけないと返事をしてもらえない。さすが駅前留学を謳っているだけある。レヴィンと柚希、二人しかいないこの教室で、まるで柚希はモルバニアに留学に来ているみたいだと思った。


 文法は英語に近いものがあるみたいで、レヴィンは英語の方が楽そうなのだが、柚希にとってはどちらも苦行であることには間違いない。


「ミオのことは知っているといえば知っている。知っていないといえば知っていない」

「ぐるって? ぐるっぽ……くるっぽー? 《あー、分からない!!》」

「《大きな意味でミオがどこにいるかは知っているが、詳しくは知らないと言った方がいいかな。いまはそれしか言えない。ユズキの準備が調ったら……その時が来たら教えてやると言っておこう。一日も早くモルバニア語を習得するんだな》」



 レヴィンはそう言うと、柚希がおすそ分けしたチョコレートを嬉しそうに口へ入れた。






.:*:・'°☆ .:*:・'°☆ .:*:・'°☆



 それからのユズキは、非常に頑張ったといって良いだろう。

 たどたどしいながらも、柚希の英語のレベルと同程度には会話をやりとりできるようになったのだ。

 現実を突きつけてしまうと、実はネイティブの幼児と同程度なのだが、レヴィンは柚希にまずまずの合格点を出した。

 難しい政治向きの話は理解できなくても単語は聞き取れる。それで充分だ。駒は使いやすい方がいい。ユズキの為にもその方が安全だとレヴィンは判断した。


「さて、もう一人。こちらを探っているネズミを捕まえなくてはね」


 受付カウンターにちょこんと座っている色い嘴のピンクのライオンを眺めながらレヴィンは唇で弧を描いた。

 三股の燭台の上でゆらゆらと蝋燭の火が揺らめいて、レヴィンの横顔を照らしていた。

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