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駅前留学MOVA  作者: 紅葉
第一章 消えた友人と語学教室
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第四話 駅前留学MOVA

 翌日の仕事帰りに柚希は駅前へと足を向けた。


 柚希の記憶通り、駅前に幾つかあるビルのひとつの歩道に面した一階にそれはあった。

 ここを外せば手掛かりがひとつも無くなってしまう。

 美桜を見つけたい気持ちと、美桜を見つけてしまったら美桜が逮捕されてしまうのではないかという恐れ。ここが当たりであって欲しい気持ちと、どこか外れていて欲しい気持ちとがないまぜになって、朝から柚希を悩ませており、それゆえなかなか一歩を踏み出せないでいた。


「いつまでもこんなところでこうしていられない。美桜……」


 柚希は意を決してMOVAの重そうなガラス扉を押して入った。


 明るい店内。微かに快適な音楽が流れている。

 打ち合わせ用のようなミニテーブルが観葉植物で絶妙に区切られている。深紅の布張りソファは、レッスン時間までの待機用だろうか。

 紙コップ式の自動販売機が、くぼんだ一角に設置されている。

 ピンクのライオンに黄色い嘴のあるぬいぐるみが飾られた受付カウンターには若い女性が二人いた。


「こんにちはー」


 受付の女性の明るい声に、柚希は受付カウンターへと吸い寄せられるように近寄った。


「はじめての方ですか?」

「はい」

「では、こちらへ。ご受講に関してご案内とご説明をさせて頂きますね」


 柚希は打ち合わせ用のミニテーブルに案内された。受付カウンターの女性は、A4サイズのファイルを手に、柚希の前に座った。

 明るいオレンジ色の髪は複雑に編まれている。オレンジの香りと薄い茶色の瞳は日本人ばなれしていて、つい最近同じようなことをどこかで感じたなと柚希は思ったが、それは直ぐに頭のなかから消えていった。

 なぜなら受付の女性が手持ちのファイルから抜き出した一枚の資料を参考に、カリキュラムの進め方、レッスンの予約の取り方、受講料と説明した中で、柚希は疑問を感じたからだった。


 柚希はまず美桜が口にしたモルバニア語講師のジョアンにコンタクトを取ろうとしていたのだが、モルバニア語のコースがないのだ。受付の女性が当然のように説明するのは、英語コースのみだった。

 柚希はその疑問を率直に口に出そうとしたが、麻薬取締官の男に言われた言葉を思い出した。


『君も言っていたとおり、入学して半年の女の子があれだけのものを、誰にも知られずに盗み出すのは容易ではない。共犯もしくは、彼女から情報を得た誰かが実行したのではないかとこちらはみている。もちろんその他の可能性も考えてはいるけどね。

 それに未成年の女の子が、我々と警察が動いているにも関わらず、これだけキレイに姿を隠しているのが奇妙だ。大きな組織が裏で動いているのかも知れない。言動は慎重にね。くれぐれも無理をしないように』


 そして柚希は遠慮がちに質問してみることにした。


「あの、英語以外の外国語はやっていないんですか?」


 受付の女性は、長いまつげに縁取られた目をぱちくりと開き瞬きした。


「中国語とフランス語、ドイツ語とイタリア語もご受講になれますが、インターネットを介した通信講座となります。こちらの教室でご受講になれるのは英語のみです」

「そうなんですか……」

「はい。あの、英語以外の語学がご希望ですか?」


 美桜も最初は英語から始めたという。その辺に何か秘密でもあるのだろうか。


「いえ、聞いてみただけです。英語でお願いします」

「かしこまりました。では次に入会金と受講料ですが……」


 結局、柚希は入会金三万円と受講チケットを買った。毎日来るなら月謝制の方が安いが、仕事の都合で来られる時だけというならチケットの方が得だと言われたからだ。

 その後、英会話のレベルを把握するためというテストを受けた。結果など知らされなくても自分で分かる。

 プリントアウトされたテストの結果を柚希は、どこか達観したように眺めた。








 急がば回れというけれど、これは美桜の行方を探すのに正解の道だったのだろうか。このところ柚希は、そればかりをぐるぐると考えてしまう。

 柚希は入会の翌日から毎日、仕事が終わって睡眠を取った後にMOVAで英会話のレッスンを受けに来ていた。

 レベルに関係なく講師を割り振られるらしく、本日一回目のレッスンの講師はメイリーンという女だった。これまで学校で習った英語を駆使して、なんとか会話をつなぐ。


「ユズキのジョブはなに?」

「あ……ガードメン?」

「へえ、今は休暇中なの?」

「? イエス?」

「……スポーツは何が得意なの?」

「ジュードー」

「わお! ジュードー素敵ね!」


 と、始終こんな感じである。時々文法や発音を言い直しさせられたりするものの、英会話のレッスンとはこんなものなのかと柚希は思った。

 そして麻薬取締官の男から連絡がないのも相まって、柚希の中に焦りの色が見えてきた。


 本日最後のレッスンの講師ははじめて見る男性だった。どこかあの麻薬取締官の優男と似通った雰囲気を纏っている。

 初対面の挨拶をなんとか交わし、一瞬緊張の糸を弛めたときにレヴィンと名乗った講師からその質問は放たれた。


「ユズキはどうしてここに?」


 これまでなら適当に「英会話を勉強したかったから」と答えていた柚希だったが、このときは違った。


「モルバニア語の講師のジョアンと話をしたかったの」


 レヴィンの目が柚希を窺うように細められたことに、柚希は気付いていない。この時の柚希の頭の中は、いかに今の気持ちを英語に変換するかに気をとらわれ過ぎていた。


「何故? モルバニア語を習いたかったのかな?」


 レヴィンによってモルバニア語の存在を否定されていないことにも柚希は気付き得ない。


「ノー、ミオと会いたいから」

「ミオ?」

「彼女は私の友達。彼女は行ってしまったの。どこかへ」

「何故、ユズキはミオを探す?」

「それは……私が……ミオの……」


 柚希が美桜の話をちゃんと聞かなかったから。もしかすると、あの時話を聞いていれば彼女は失踪しなかったかもしれない。疑われている一連のことから美桜を守れたかもしれない。そんな悔恨の思いだけで自分は動いている。

 もしかすると。

 あの時そうしていれば。

 あやふや過ぎて、自分本位で……そして英語どころか自国語でも説明のつかない思い。


 だけど、戻らない。

 美桜が無事に戻ってくるまでは。

 美桜の元気な姿を見るまでは。

 自分勝手だと言われてもいい。

 私は必ず美桜を連れ戻す。


 柚希は溢れる想いを英語に出来ず、レヴィンを睨み付けるようにして、唸り声を上げていた。


 クスリとレヴィンは笑った。そして、柚希に提案をした。


「ユズキ、君が本当にミオを助けたいのなら、君はモルバニア語を習わなくてはならない。ユズキにはその努力をする強い気持ちがあるか」


 柚希は、その意味を脳が理解するや否や、ほぼ反射的に首を縦に振った。


「OK それじゃ、レクチャーは俺がしよう。話は俺が伝えておくから、今の話は……そう、君が本当にモルバニア語を習いたい動機は、受付の者にも他の講師にも気付かれないように気をつけるんだ。君がモルバニア語を習っていることを誰にも言ってはいけない。俺を信じるかどうかはユズキに任せるが……事はユズキが思っているよりも深刻だ」


 柚希はゴクリと生唾を飲み込み……そして美桜を探す糸口が見付かったことに興奮していた。


「あー、シンソクをタットぶ?」


 レヴィンは片言の日本語でそう言うと、ぱちんとウインクした。

 そんな日本語、私も知らないよ。と、柚希は言いたかったが、日本人の悲しい性か、曖昧に笑って済ませた。


「レッスンのプログラムはこちらで決めるから頑張って。そして明日からの英語のレッスンは全てモルバニア語になるからね」


 レヴィンが宣告し終わると、レッスンの終わりを知らせるアラームが鳴った。

 柚希が帰る前に受付で手渡されたスケジュール表には、柚希の来られる時間帯いっぱいにレッスンが詰め込まれており、何かをカモフラージュするようにEnglish《1》の文字が並んでいた。


 

 




警備員は英語で、セキュリティーガードらしいです。

ガードマンは、和製英語らしいですね。

それを分かっていて、その誤解を伏線にしてますので、このままお見逃し願います。

さあ、この誤解がどう回収されますやら……。

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