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駅前留学MOVA  作者: 紅葉
第一章 消えた友人と語学教室
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第三話 もちかけられた取引

 柚希は美桜の大学のある駅で電車を降り、改札を出ると周辺地図を確認した。

 そして駅から歩いて10分程のところに美桜の通っている大学があることを知る。さらに美桜のバイト先がそれまでの道のりにあることを知り、柚希は先にそちらへ寄ることにした。


 寺社仏閣への道のりに賑わう商店街を門前町というならば、これは学生街とでも命名するのだろうか。

 喫茶店、食堂、ラーメン屋、本屋に古本屋。それに学生向けアパートを斡旋する不動産屋にチェーンの飲み屋。電柱には自動車運転教習所の案内パンフレットがぶら下げられ、携帯電話屋の名前がプリントされたジャンバーを着た青年がポケットティッシュを配っている。働いているものも客も大学生くらいの歳に見えた。

 もちろん経営主はもっと年齢が上の大人なのだろうが、まさに大学生による大学生のための街に見えた。

 


 柚希はそんな学生街を少し迷いながら、ようやく目的の店を見付けた。

 学生向けの安価で飲み物持ち込みOKのカラオケ屋だ。それでもカラオケの機械は最新のものが入っているそうだ。柚希には性能の差は分からないが、幟に最新型導入と大きく書かれている。 

 さっそくカウンターに近づいてみると、やはり同年代の男がにこやかな笑みを浮かべて柚希を迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。何名様ですか」

「いえ、すみません。客じゃないんですけど、片岡美桜さんて」


 カウンターにいた男は柚希が客じゃないと知るも、態度を一変させることはなかった。ただ、柚希が何を言い出すのかと様子を窺っているようにも思える。


「今日は……休みですけど、何か?」


 柚希の出方を窺うような言い回しに警戒されているのだと知る。


「決して怪しいものではないんです。美桜の友達なんですけど、あのっ最近連絡取れなくて」


 柚希は携帯を操作して、高校時代の美桜とのツーショット写真を彼に見せた。

 一応納得してくれたのか、彼は声を潜めて柚希に情報を提供してくれた。

 それは、美桜が最近バイトに来ていないこと、無断欠勤が続いているので店長が美桜をクビにしようとしていること、そして「これは噂なんだけど」と前置きして、大学内、それも美桜の在籍している薬学部に最近警察が出入りしていること。その犯人として美桜が疑われていることだった。


「まあ、それに関しちゃ噂なんだけどさ。その事件以来、片岡さんは講義にも出てないみたいなんだよね」

「……ありがとうございました」

「もし片岡さんに連絡がとれたら、店長に連絡するように言っといて。お陰で俺、五連勤でさ。彼女に振られそうでマジ迷惑なんだわ」

「すみません、ありがとうございました」


 柚希はカラオケ屋を出た。早速聞き込んだ情報を手帳に書き込むと、大通りを大学へと向かう学生に紛れることにした。


 柚希は大学へ進学しなかったから年齢的には彼らと同年代なのにも関わらず、ひどく浮いているように思える。ファンションや持ち物も。身体に漂う雰囲気さえも。

 美桜と同じように流行のファッションに身を包んだ女子大生や、イヤフォンを耳に差したままの男子大学生に交じり、大学の門までようやく辿りついた。

 入り口でIDのチェックがあるかと思われたが、門の前に立つ警備員は特にそれをしている様子は無かったので、拍子抜けするほどにすんなりと構内に入ることができたのだが……。


「どこに行けばいいんだ……」


 季節柄芝生は黄色く枯れていたが、広い芝と舗装された小道が整備されている。

 大きな建物が敷地内に幾つも建っており、どれが薬学部の建物なのか見当もつかない。


「構内図でもないのかな」


 あまりキョロキョロすると怪しまれることは、仕事上よく知っている。

 四月ならば新入生の顔をして訊ねることもできるが、今は不自然としか思えない。

 すっかり柚希は途方にくれていた。


 その時、柚希は声を掛けられた。

 振り返って見てみれば……あの優男風の麻薬取締官だった。

 男はにこやかに柚希に向かって手を振る。今日の男の服装は、カーキ色のコットンパンツに焦げ茶のブーツ。そして黒のコートといったラフな姿で、周りに見事に溶け込んでいた。ただ、目だけが柚希を見据え笑っていない。


「美森さん、こんなところで合うなんて奇遇だね。何をしていたのか、聞かせてもらえるかな」


 男は強引に柚希をカフェテリアに誘うと、紙コップに入ったココアを差し出した。ちょうど授業中なのか学生の姿はない。


「で、コソコソと何をしていたのかな。さっきは片岡美桜のバイト先にも行っていたよね」


 柚希は男を睨み付けた。


「信じられない。つけていたんですか」


 男は可笑しそうに口元だけを綻ばせた。


「まさか。たまたまだよ」


 男は脚を組み換え、珈琲を一口飲むとまた口を開いた。その表情はどこか面白がる風でもある。


「君がこの事件にどこまで関わっているか……僕たちが把握していないとでも思う?」

「私は……なにも」

「そう、何も知らない。ただ片岡美桜の失踪前日に彼女からの着信があり、それが原因で君はこんな探偵紛いのことをしている。間違っている?」


 認めたくはないが事実だった。でもどうして美桜から電話があったことを知っているのか、柚希は気持ち悪くて堪らなくなってきた。男はその様子を可笑しそうに眺めている。


「彼女とどんなことを話した? 関係がないと自分で判断せず聞かせてもらえないかな」


 それはできない。あれは……私の切り札なのだから。

 柚希は固く口を引き結んだ。


「おそらく君は、片岡美桜の母親から今回の事件について聞いている。確かに彼女は重要参考人ではあるけれども僕たちはなんの根拠も証拠もなく彼女を捕まえるような事はしない。ただ逃げれば逃げるだけ彼女の立場は悪くなる。……君は彼女を見つけたい。僕たちは盗まれた薬物を押収して彼女に事情を聞きたい。素人が探偵の物真似をしたって大した情報は入って来ないだろう?協力してあげてもいいよ」

「え?」


 柚希が驚いて男を見ると、男は自信ありげに微笑んだ。


「ただし、君が得た情報はこちらにも流してもらう」

「……素人が手に入れた情報なんて、大したことないんじゃないですか?」


 可笑しがらせるのは不本意だが、憎まれ口が飛び出す。


「そうとも限らない。麻薬取締官だと思うと言わない事も、可愛い女の子なら油断して話してしまうこともあるかも知れない」

「はぁ!?」

「何か?」

「……いいえ」


 可愛い女の子だなどと言われて動揺したなんて知られたくない。柚希は男を睨み付ける。


「……もし、美桜が見付かって……誰かに唆されていたとしたら……その時は……」


 美桜は罪に問われてしまうのだろうか。


「実行犯が片岡美桜なら、所持した時点で麻薬取締法違反だし、大学側からも被害届けが出ているらしいから恐らく窃盗の罪になるだろうな。だが、バックに組織があるのなら、片岡美桜だけを罪に問うことはない。全て潰す」


 男の眼光が鋭くなった。柚希を睨み付けているわけでもないのに、ぞくりと背筋が凍る。

 

 もともと柚希は美桜を探し出し、必要があれば助け出して、事情を聞いて、もし美桜が罪を犯したのなら自首を勧めるつもりだった。

 もちろん美桜がそんなことするわけがないとも思っているが……気持ちだけでは真実は見えてこない。

 それに柚希は素人探偵の力不足を実感したところだった。


「分かった。あんたを信じる。取り引きしてもいい」


 男は満足そうに笑った。


「ひとつだけ条件がある」

「なに?」


 柚希は男から目を反らさないように注意した。目の前の男は優しそうな人当たりのいい顔をしているが猟犬だ。目を反らしたら負ける、なぜだか直感が柚希にそう告げた。


「もし美桜が……見付かって……その、本当に罪を犯していたとしたら、私にまず自首するように説得させて欲しい」


 男はふっと微笑んだ。


「そのくらいの時間ならやってもいい。『もし』なんて言うな。必ず君の友人を見つけよう」


 かりそめの協力関係とは言っても、柚希にその言葉は頼もしく、するっと柚希の心に入り込んだ。

 

「よし、取り引き成立だな。ところで君はここへは何をしに来た?」


 柚希は盗まれたという薬草園やけしなどの大学側の管理がどうなっているのか。はたして入学して半年の美桜にそれが可能だったのか。そして、美桜の周りの人間関係を調べに来たのだと伝えた。


「へえ……なかなかの探偵ぶりじゃないか。視点は悪くない」


 そうして男から欲しい情報を受け取り、柚希はあの日の美桜との会話の内容と、美桜の母との会話。そして美桜のバイト先で聞いてきた話を男にした。


「大学側は厳重に鍵を管理していた。しかも一年生の片岡美桜には一般教養科目が多く、薬草園での実習はまだ行われていなかった。ただ、薬学部にそういったものが管理、栽培されているということは割りと知られている事実だから片岡美桜が敷地内のどこかにそれがあることは知っていたと僕たちは考えている」


 男からメモや録音の類いは一切するなと言われた柚希は、聞き漏らさないように耳を傾けた。


「駅前留学のMOVAね。片岡美桜と親しくしていたと見られるその男が気になるな」


 呟いた男の横顔に陽光が射し、日本人にしては瞳がグレーっぽいなと柚希は一瞬思った。


「僕は別ルートで調べてみる。君は君でそのMOVAを調べてみてくれないか」


 くれぐれも危ない橋は渡るなと言われ、もしもの時は連絡するようにと、名刺を手渡された。一般的な名刺より少し分厚い気がするその名刺を、柚希はコートのポケットに入れた。


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