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駅前留学MOVA  作者: 紅葉
第二章 モルバニアへ…
16/22

幕間 そのときの最上さんは…

 こんな森のなかでいつ通りかかるともしれない地元民を待つのは意味があるとは思えない。

 それに、昨夜は焚き火をしていても凍えるように寒かった。何も装備のない今、こんなところでは長くはいられない。

 土地勘のあるところならば、太陽や雲の流れで方角を知ることもできるが、いまは方角を知ったところでその先に何があるのか分からない。

 最上は地面に小枝を突き立て、手を離した。

 支えがなくなった小枝はぱたんと地面に倒れる。

 最上は運を天に任せることにして、小枝が倒れた方向に森の中を進んで行った。




 最上は知らず知らずに北を目指していた。

 森を抜けた最上の眼前に切り立つ山々と牧歌的な景色が広がった。


「どこだここは」


 最上はひとり呟いた。

 どこまでも続くように見える尾根は、茶色い山肌を見せて、裾野は青く繁っている。


 歩きに歩いて数日間、小さな沢を見つけては喉を潤してきたが、森のなかにある木の実や果物、キノコ、草の実は最上の知らないものばかり。

 そして、最上は知識にないものを口にする危険性をよく知っていた。そして、空腹と疲労のあまり最上はついに行き倒れた。





『兄さん大丈夫か?』


 目が覚めると、最上を心配そうに見つめる八つの目がそこにあった。

 そのうちの四つは年端もいかない子どもで、あとの四つは夫婦とみえる大人だった。

 何かを言っているが言葉が分からない。そして、信じられない事だが彼らは目にも鮮やかなペパーミントグリーンの髪をしていた。


 心配されている気がしていたので、立ち上がり身体を動かせて見せると喜ばれた。

 腹がぐうぅと鳴る。

 この音は世界共通なのだろう。心配そうに見ていた男はその音を聞くと破顏した。


『兄さん、大したものはないが腹が減ってるならこれを食え』


 匙をつけて差し出されたそれは、薄黄色い雑穀の粥のようなものだった。


 言葉も分からない外国に身ひとつで連れて来られたのだ。

 命をその場で取られなかっただけでも儲けものか。

 最上は投げやりな気持ちで男の手から器を受け取った。木の椀は温かい。それだけでこの男から心遣いを感じ、最上は頭を下げてから匙を手に取った。



 それから数日間、最上はこの家に世話になった。

 朝は家畜の世話を手伝い、昼は男の畑仕事を手伝い、夜は二人の子どもたちの相手をした。そのなかで子どもたちの絵本とやりとりから少しの言葉と自分の置かれている環境のことを知った。

 つまり、ここはモルバニアという国で地球上にはそんな国なく、今、自分はここにいるということ。。

 みんなして自分を謀っているのではないかとさえ最初は思ったが、村人それぞれが地球上ではあり得ない髪と瞳の色をしているのである。文字と言葉、絵本、風俗それらは最上が知らない国があったとしても不思議ではないので目を瞑るとしても……ひとりの人間を騙すためにしては嘘に手が込んでいる。いや、込みすぎている。

 頬をつねってみて幻覚や夢の類いでないことを確かめると、最上はまずは現況を受け入れることにした。




 山の麓の小さな集落のうちのひとつであるこの家には、街へ出稼ぎに行っている娘がもうひとりいるということも、最上はそう時間をおかずに知ることになった。二人の子どもたちが姉の自慢話をするからだ。

 最上は日本に帰る方法を探さなくてはと思いつつも、親切なこの一家の好意に甘えて滞在を延ばしてしまっていた。


 だが、本来よそ者に対して警戒心の強い村人たちは、最上を歓迎してはいなかった。言葉は通じなくても肌で感じることはいくらでもある。

 そろそろ潮時かな、と最上は思った。

 そして最上は、この親切な一家に別れを告げた。


 最上になついていた子どもたちは別れを嫌い、泣いてすがり付いた。男とその妻は、寂しそうにしながらも薄々はこの日が来ることを予感していたのだろう。


 男の妻は最上が自分の国に帰るのだと思っているらしく、一文無しで行き倒れていた最上にパンと水をくれた。そして、もうひとつの包みを渡そうか渡さまいか躊躇しているのが最上には分かった。


『それは?』


 最上が片言の言葉で聞くと、男は包みに目を落とした。


『実は私どもには娘もありまして』


 男は脚にすがり付く息子の頭をひと撫でした。その瞳はとても優しい。


『こんな貧乏住まいなもので、遠くの街へ出稼ぎに行ってくれているんですが……』


 奥方が息子たちを奥の部屋へ連れていくのを見送ってから、いよいよ口を開いた。


『送ってくれる金額がどうも多くて……』


 男は言い出しにくそうに視線を落とした。


『どこに、娘?』

『ここから森を迂回して道を下った先のローダという街です』

『娘、名前は……ターニャ?』

『ええ、そうです』

『ローダ、通る。それ、届ける』

『本当ですか?』


 この一家には本当にお世話になった。どうせあてもない旅なのだからと最上はそれを引き受けた。



 ターニャという名前を頼りにローダの街で聞き回った最上は、彼女が揚羽楼という店に勤めていることを突き止めた。

 客引きの男といい、店内といい、ここが風俗営業店だということは、この国のことに明るくない最上にもすぐに分かった。やはり、どの世界も人間の欲望というものは変わらないらしい。


 ターニャは褐色の肌にエメラルドグリーンの髪をした美しい娘だった。肌の色は父親似で髪の色は母親似のその姿はエキゾチックな魅力がある。

 親からの包みを解くと、手紙が入っていたらしく読み進めるにつれて口許に手を当ててはらはらと涙を溢した。


『本当にありがとうございます。あの、お名前は』


 最上は少し考えてから言った。


『ライト、モーガミ』


 嘘は言っていない。


『ライトさま……』


 ターニャの瞳が熱っぽく最上を見つめた。この建物に入ったときから気付いていた甘ったるい香りが濃くなった気がした。頭がボーッとする。これはなにかヤバい香草を嗅がされているのではないかと思ったが、もう遅かった。地球に存在しない薬物に関する知識は最上にはないのだから防ぎようもない。


『お礼に、一晩だけ……』


 屋号の揚羽とは、客を取っている娘たちの事ではなく客の事なのか。

 女郎蜘蛛が身動きの取れない獲物を捕らえるように、ターニャの四肢がゆっくりと最上に絡み付く。


 気付けば一文無しのまま、約束の一晩を越えてターニャに溺れていた。

 まさか柚希までがこの世話に来ているとは夢にも思わなかったが、彼女があのドアを蹴破らなければどうなっていただろう。


 柚希の目的は、やはり片岡美桜を追って来たのだと言う。この世界はなんなのだ。日本とこことの間に一体どんな秘密があるというのか。

 最上は日本に帰れるその日まで恩人である柚希を守ろうと誓った。

 例えイノシシを倒せても、これから相手をする人間がどんな人間なのか分からない。最後の電話で柚希が片岡美桜と何を話したのかは分からない。

 どうして家族でも恋人でもない友人にそこまでできるのか、最上は柚希の行動力を危ぶんでいた。


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