第十四話 女の子なんだから…ね。
肉を買って貰うなら肉屋だろうか。それとも個人で露店を出せばいいのか。でもどこで?
柚希は悩みながらローダの街を出て、昨日来た道を少し戻った。
朝露に濡れた花々の間をリリアがヒラヒラと飛び回る。絵本から飛び出したようなメルヘンなリリアの食事風景に柚希の表情は和んだ。
朝が早いせいか、街道に歩いている旅人はいない。
こもを掛けたリヤカーを引っ張るロバもどき一頭と、その手綱を引く帽子を目深に被った男が一人、ローダへと向かって歩いてきた。
「かば、もーれん!」
リリアは見えないのだから、柚希は今、朝早くに街道の端に立って、ボーッとしている怪しい人に他ならない。
積極的に声をかけることで、怪しまれないようにしようと柚希は挨拶をした。
男はギョッとして帽子の鍔を下へ引っ張ると、返事もなしにロバもどきに鞭を打って、自らも足早に去っていった。
「……なんなの?」
柚希は呆然とそれを見送った。
柚希が今、仕事中であれば絶対警戒する。さらに肩を叩いて職務質問している。
人の顔を見て挨拶できないなんて疚しいことがあると言っているようなものだ。
そこへ食事を終えたリリアが戻ってきた。柚希はモヤモヤとした心の不安を払拭するようにリリアに笑顔を向け宿へ戻った。
「柚希ちゃん置いていくなんてヒドイね」
部屋に戻れば最上は起きていた。身だしなみはすっかり調えられているが、どこか気だるそうだ。やはり床での寝心地は悪かったのだろう。
柚希はベッドの横にリュックサックを置くと、ベッドの端に座った。
「こんな朝っぱらからどこに行ってたの」
「……お花摘み」
リリアの食事とも言えず、当たらずとも遠からずの返事を返すと、最上が居心地わるそうに頬を掻いた。どうやら困ったときの最上の癖らしい。
「あ、あ……そう。そりゃ、うん、生理現象は仕方がない……」
「?」
柚希は何やら誤解している風の最上の様子を不思議に思い、「そうか、花を持ってないから不信がってるのか」と納得した。
「朝食に行きませんか。今日はこのラグーナの肉と毛皮を売って……早くエモニアに向けて出発したいし」
昨夜は酒場になっていた下は、今の時間は朝食を提供しているようだった。さっき嗅いできたスープの匂いを思い出し柚希のお腹が鳴る。
「ラグーナの肉?」
最上はラグーナを知らないらしい。
それどころか何の予備知識もなく突然何者か襲われ、気絶したままこの世界に連れて来られたのだと昨夜話した。気付けばあの聖輪神殿にいたのだと。
あそこに残っていた何かを燃やした消し炭は最上が焚き火をした名残らしい。「おれ、子どもの頃にボーイスカウトで鍛えてるからその辺にあるもので自炊したりするの得意なんだ」と言っていた。
どうやら柚希の来る半月前には、モルバニアにいたようだが、モルバニア語はろくに話せないようだ。
もっとも柚希も流暢に話せているとは言えないが。
この世界に来てから何をして、どうやって生きてきたのだろうと不思議に思ったが、最上は「人間同士、言葉が通じなくてもボディーランゲイジで何とかなるんだよ」と、あっけらかんと話していた。
ラグーナという名前にピンとこない様子の最上に柚希は昨夜話していなかったラグーナを捕獲し肉を売るはめになった顛末を話した。聞き終えると最上は腹を抱えて大笑いした。
「柚希ちゃん、マジ男前!」
「だって咄嗟に身体が……」
「咄嗟にって言ったって! 普通女の子がイノシシを背負い投げする!?」
ヒイヒイと笑い、涙を拭くと最上は不意に真剣な表情になった。
「いくら友達の為って言っても、柚希ちゃんの大胆な行動力には不思議に思ってたんだよ。なるほどね、自分の腕に自信があるから無茶しちゃうんだね」
柚希は恥ずかしくなって最上から顔をそむけた。最上が柚希の横に座る。安宿のベッドが音をたてて軋む。
「いくら鍛えていても、見かけは男の子っぽくても、柚希ちゃんは女の子なんだから。気を付けないとね」
「ご忠告痛み入ります」
ふん、と横を向いたままおざなりに返事をすると、最上が柚希に覆い被さってきた。押し倒されてベッドの薄い布団に背中を押し付けられる。
「!!」
柚希の表情を覗き込むように真上にある最上の薄く笑った表情が酷く不愉快だった。最上もまた有段者なのか、完璧に押さえ込まれている。
「手首も細いし……肩幅だって狭い」
逃れようともがくが、手首を押さえつけられて力では敵わない。柚希は睨み上げるしかできない自分が悔しかった。
「ほら、男の力には敵わない。ね?」
その時、リリアが水鉄砲のように勢いをつけた水を最上の顔に向けて発射した。最上が怯んだ隙に柚希の身体を跨いでいた股間を膝で蹴り上げる。
「ぐっ!!」
声にならない苦悶の表情でベッドに崩れ落ちる最上の下からさっさと抜け出した柚希は、強く握られた手首の感触に眉をしかめながらリュックサックを手に取った。
「お先に」
出発までに起きてこないようなら置いていこうと柚希は思いながら、さっきは素通りしてきた一階へと階段を降りた。