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駅前留学MOVA  作者: 紅葉
第二章 モルバニアへ…
12/22

第十一話 水を求めて

「ふう、暑い……」


 モルバニアに来たときは肌寒い気候だったから秋のようだと思っていたが、実は初春だったのだろうか。

 森のように太陽の光を遮る日陰もなく、ローダへと続く街道を歩く柚希は、あまりの暑さにマントを脱ごうか思案した。

 水筒に入れた水ももう残り少ない。

 

 何を積んでいるのだろう。ロバのような動物が引く荷車もゴトゴト……ゴトンと過ぎていく。

 時々すれ違う人に「かば、もーれん」と挨拶をすると、「モラ!」と返事が返ってきた。


「う~ん、これぞ異文化コミュニケーション」


 挨拶だけと言えど言葉が通じていることを実感して柚希は素直に嬉しかった。


 こちらに来てすぐは、日本人移民(グリージャ)に立て続けに合っていたせいもあって、モルバニアには移住した日本人が多いのだろうかと思っていた柚希は、その認識を改めた。

 西洋人のような彫りの深い顔に、鮮やかな髪色。

 MOVAのスタッフには日本にいてもおかしくない髪色の人を厳選していたのだろう。ここにいるとまるで、何十色もの色見本を見ているようだった。


 そして柚希がもうひとつ気付いたこと。

 それは、男性は柚希と同じようにシャツにズボン、膝下まで長さのあるマントを着用しているが、女性は裾の長いワンピースを着ている。その上に腰までの短いマントを着ているのだ。

 エミーナが柚希の格好を見て、男装していると思った訳だ。

 日本のように女性はズボンもスカートも選べるわけではないのだろうか。何だか窮屈な世界だな、と柚希は思った。




 やがて街道はキノコ森ほどではないが、木立に囲まれる小さな森の中に入ってきた。

 幾分か涼しく感じられるが、空腹はどうしようもない。

 柚希は水が汲めるようなところはないかと、セーイチに貰った地図を広げてみた。もちろん、その前に街道を少し離れ、人目を避けるようにしたのはいうまでもない。

 地図を広げると、まず柚希は現在地を探すことから始めた。セーイチはその地図に目印になるものを書き込んでいたが、日本語とモルバニア語が混じっている。柚希は会話優先で特訓してきたため、読み書きには自信がなかった。


「森を通ってアプレ村? ああ、チカたちの村かな。その前を……」


 当たり前のようだが、この世界にも山や川は存在する。果てには海もあり、モルバニアの都城エモニアは、遥か南西の半島の先にあった。

 もっとも柚希の中の常識で、地図の左下にエモニアと書いてあったから南西だと思っただけで、こちらではどうなのか分からない。

 街道は細い線で都市を結ぶように書かれていた。海沿いに街が並ぶ。そして森より北東、南東に伸びる街道は途中で途切れていた。どうやらセーイチの旅は、なぜか東へは足が向いていないらしい。


 どうやらここは内陸部のようだ。街道沿いに小さな村や湖が点在している。

 柚希は水場を求めて少し森の中を探索することにした。



 森の中は明るい光が射し込んでいた。

 柚希の膝下まである下生えのなかには、白い花やピンク、紫色の木の実。

 エミーナに教わった食べられる植物を選んで紫色の実をひとつ口にすれば、酸っぱい味が口に広がる。唾液が分泌され少しは渇きがましになるが、今度は口直しが欲しくなる。

 ガサリと小さな音がして草が揺れたかと思うと、ツノの生えた茶色いウサギが柚希の足元に飛び出してきた。

 ウサギは柚希を見ると、前肢で止まり方向転換して脇の草むらに消えた。


 しばらく行くと、空気が湿り気を帯びてきた。耳を澄ませばせせらぎが聞こえる。

 草で覆い隠された地面はかなり歩きにくい。足元に気をつけながら、柚希はせせらぎを頼りに近づいた。


 そこには小さな川があった。


 水は透明感があり、水に浸かった草の先を柔らかく撫でながら流れていく。

 柚希は片手で水をすくい、ひとくち飲んだ。


「冷たくて美味しい……ひっ!?」


 もうひとくちと手を水の流れに差し込んだところで、同じく水を求めてきたのだろうトカゲによく似た爬虫類と目が合った。

 引き攣った声にならない呼吸音を出し、柚希は反射的に手を引っ込めた。男に間違われるようななりをしていても、実は爬虫類と蜘蛛が苦手な普通の女の子なのである。夏の合宿では宿泊場の網戸に張り付いたヤモリを見て大声をあげたほどだ。「朝蜘蛛を殺すな」のお祖母ちゃんの教えも固く守っている。朝どころか昼も夜もごめんしたいのが本音だ。

 柚希が固まっているとトカゲは柚希に興味をなくしたように草の中へもそもそと消えていった。


「驚いた……」


 気を取り直した瑞希が水筒の蓋を開けて水を汲んでいると、今度は色鮮やかなものが流れてきた。

 赤、赤紫、黄色、白、薄青……花が水の流れに沿って流されてくるのだ。

 不思議に思って川に沿って上流に向かって歩き出すと、小さな滝があった。その水しぶきに交じって何かが飛んでいる。

 虫のようにも見える。柚希は目を凝らして見てみた。


 蝶の様な羽根……小さな人間の形をしたようなものがブンブン飛び回っている。

 柚希は見たものが信じられなくて目を擦った。蚊飛症にでもなったかと思ったがそれは、摘んできた花をせっせと小川へ投げ込んでいる。

 それは決して楽しそうには見えず、むしろ必死でもある。何をしているのだろうと柚希は息を潜めて見ていた。

 そのうち、蝶人間の一匹が柚希に気付いた。


『人間……!』

『私達が見えてるの?』

『大変!! 逃げなくちゃ』


 ささやきのような会話が広がっていく。


『でも、リリアが……』

『リリアを助けなきゃ』

「どうしたの?」


 姿を見られたなら仕方がないとばかりに柚希は問いかけてみた。

 蝶人間たちは警戒心をあらわにしながらヒソヒソと話し合っているようだ。

 そのうち意見が一致したのか、一匹の蝶人間が近づいてきた。しかし、柚希が手を伸ばしても届かない距離を保って。


『人間の子よ。お願いがあります。我が同胞を助けては頂けませんか』

『はやく、はやく』

『お願い、はやく』

『助けて……リリアが食べられちゃう』

「ええっと、リリアって子は何処にいるの?」


 柚希が訊ねると、蝶人間はひらひらと柚希を案内するように飛んだ。柚希はそれを追い越さないように付いていく。

 やがてさっき蝶人間たちが花を投げ込んでいた岸辺に着くと、蝶人間は白い小さな手でそれを示した。

 視線を指先を伝って伸ばしていくと、水から顔を出している草の間に蜘蛛の巣があり、そこに一匹の蝶人間が羽根を絡ませてもがいていた。


『はやく、リリアを助けて』

『もうすぐガンゴがお腹を空かせてやってくる』

『もうそこまでやってきてる』


 キイキイと小さな声が柚希の周りで囁いた。

 蝶人間たちはガンゴという名の蜘蛛が巣に近づかないように、花を投げつけていたようだ。赤い目玉が八つある紫色の体をして肢が八本あるガンゴがすぐそこにいて巣に近付こうとしていた。

 

 柚希はガンゴを見て大声をあげそうになったが、丹田に力を入れてそれを堪えた。ガンゴの動きを目で追いつつ手を伸ばす。蝶人間を握り潰さないように掴むと、ガンゴの巣からリリアを救出した。

 わぁ! と小さな声で歓声があがる。柚希はガンゴが恨めしそうに自分を見ている気がして気持ち悪かったが、丁寧にリリアの羽根から絡んだガンゴの糸を外してやった。


『助かりました。ありがとう人の子よ』


 代表らしい蝶人間が礼を言うと、柚希は手を軽く振った。


「どういたしまして。間に合ってよかった」


 柚希が笑うと、蝶人間たちはふわふわと柚希の周りを飛びまわり、口々に礼を言った。

 

『私達は本来なら人の子に見えぬ存在、水妖精スィユルーです。ガンゴから助けて頂いたお礼に一度だけ願いをききましょう』

「え……いいよ、お礼なんて」

『そういう訳には参りません』

「でも、今は特に願いなんてないし……」


 全てを見通したような顔をした水妖精の代表は、それならとリリアを前に引き出した。


『この子を旅にお連れください。きっとあなたのお役にたちますよ』

「一回だけ?」

『ええ、一度だけです』

「喉が渇いた~とかでも?」

『ええ、渇きを癒す泉を湧かせることも可能です。リリアなら……まだ若い水妖精ですので、せいぜい水溜り程度でしょうが。どんな願いを叶えさせるかはアナタ次第です』


 少し飛び方のおかしいリリアが柚希の前にふわりと寄ってきた。

 水色の髪に蒼い瞳、水の羽衣を纏ったような小さな女の子が柚希に向かってにこりと笑いかける。


「リリア、あなたは……仲間から離れて私に付いて来てくれるの?」


 リリアはますますにっこりと笑って頷いた。


「そっか、私も一人は寂しかったんだ。よろしくね」


 異世界って何でもありなんだな、と柚希は感心した。

 けれど小さな同行者ができたのは楽しくもある。

 小さな妖精を連れて歩くのは子どもの頃の柚希の決して叶わないであろう夢だったから。




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