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駅前留学MOVA  作者: 紅葉
第二章 モルバニアへ…
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第十話 言葉の魔力

 ハッと我に返った女は、柚希に礼を言った。


「お兄ちゃんは騎士さまだもん。優しいんだよ」


 チカの言葉に母は曖昧に頷く。


「そ、そうね」


 解毒の治療は胃に残る毒素を出し、後は毒が代謝されるのを待つしかない。

 柚希が始めに想像した通り、あまり医療の発達していなさそうなこの世界では、できることはあまり多くない。

 そう考えると美桜が持ち込んだかもしれない数々の毒草はこの世界の人たちにとってあまりにも脅威だ。


『美桜、アンタは何てものを……!』


 親友を信じたいのに、どこかで美桜がそれをしたんじゃないかと確信を持ちつつあることに柚希は自己嫌悪した。

 私は美桜を見つける。そして、止めなきゃ。

 柚希が奥歯を噛み締め、決意を新たにしているとチカの呼びかけが耳に入った。


「お兄ちゃん?」

「……ユズキだよ、チカ」


 心配そうに見上げてくるチカに柚希はぎこちなく微笑んだ。







 柚希は夕食のテーブルに招待され、その家の主人に挨拶した。

 驚いたことに、その男の顔を見てほっとする自分がいることに柚希は気付く。そこで、恐る恐る尋ねると、やはりこの家の主人は移民(グリージャ)であった。


「いやあ、驚いたな」


 セーイチと名乗った男は髭を撫でながら嬉しそうに言った。


「チカちゃんの名前から、もしかしてとは思っていたのですが……」

「うん。あ、エミーナには会った?」

「ええ。こちらに来た日に」

「やっぱりね。あの婆さん、なんだかんだ言ってるけど、移民(グリージャ)仲間のことを本当に気にかけてくれているんだよ」


 野菜の入ったスープを食べ、堅焼きパンをスープに浸す。

 家族で食卓を囲む幸せがそこにあった。男は本当に幸せそうだ。


「僕はね、昔、農家を継ぐのが嫌で家を出たんだ。教員免許を取って教師になるつもりで大学に入った。なのに結局ここで農家をしているんだよ」


 人生何があるか分からないよねと明るく男は笑った。屈託のないその笑顔に彼もまた自らの意志でここにいるのだと柚希は思った。


「都城エモニアまで行くんだね。地図がないと困るだろう? こっちの人はね、少なくとも僕ら庶民は地図を見るとか書くとか作るとかいうことを必要としていないんだ。地図というもの自体を知らないのかもしれないね。僕も最初は本当に悩まされた。全世界を回ったわけではないけれど、僕が巡った道と街を記した自作の地図がある。グレッグを助けてもらったお礼にはならないかも知れないが、良かったら持って行かないか」


 そして少し照れくさそうに男は続けた。


「そして君自身でその地図を完成させて欲しい……なんて言ったらクサイかな」


 今度は柚希も一緒に笑った。そして地図をありがたく受け取った。


「今日もね、僕があの子たちの側にいれば良かったんだけど。最近この辺で、特に隣との国境から都城までの街道に外来種の毒草が増えているんだ。ユズキも気付いたかもしれないけど、フクジュソウを始め、あっちにしか無かった毒花ばかりだ。その幾つかはこちらの食べられる野草とそっくりで、このところ毒に当たって死んだり体調を崩す人が増えている。こちらの人は野原は自然の野菜畑だと思っている人が多くてね。自然との共存はもちろん素晴らしいことだけど、危険もたくさんある」


 柚希はここ数日の事を思い返しながら、男の話に相づちを打った。


「僕はこの世界で、安全に食べられる野草を野菜として栽培して売り、夢だった学校も作って子どもたちに簡単な計算や読み書きを教えるつもりなんだ」

「それは素敵な夢ですね」

「だろう? 夢で終わらせるつもりはないよ。一歩一歩前に進んでいる。畑は開墾した。妻のユリアの父に頼み込んで土地を借りて学校も作っているんだ。ユズキは、どんな夢を叶えにモルバニアに来たんだい?」


 柚希は口隠らせた。

 夢を叶えるために来たわけでは無かったから。


「口に出すと叶わなくなりそうなので……」


 そう誤魔化すと、男は残念そうながら納得した。


「言葉には魔力があるんだよ。言葉に出すことで真実になる力になる。ユズキの夢が叶うことを祈っているよ」





 翌朝、まだ寝台を離れられないグレッグに挨拶をして、柚希は一晩泊めてもらったお礼を言った。

 仲良くなったチカは、大きな瞳に涙を溢れさせていた。柚希は膝をついてチカをぎゅっと腕の中に抱き締める。


「また来てね」

「うん、必ず。……今度は友達も連れてくる」


 それは柚希が口にした叶えたい未来。

 言葉が魔力となって現実になって欲しいと柚希は祈り、それを口に出してみた。

 その様子をチカの父が目を細めて見ている。



 チカたちの家族に見守られ、柚希はローダへと続く街道を歩いて行く。

 その姿はやがて景色に溶けるように小さくなっていった。


 ふいにチカは、両親を見上げて言った。


「騎士さまのお兄ちゃんはお姉ちゃんだったよ」


 その言葉に両親は顔を見合わせ、どちらともなく

噴き出すとお腹を抱えて大笑いした。




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