輝く聖器「ケイタイ」
村人たちと教会へ向かう途中、俺が目にしたものは、どこにでもあるような畑と林が大半だった。しかし、小川の傍には水田が開かれ、明らかに稲と思われる植物が栽培されていたし、別れ道のある辻には、赤いよだれ掛けをつけた人型の石像が立てられていた。近寄ってよく見ると、頭は馬、胴は人、という姿をした石像だった。
「あの、この石像、なんという神様ですか?」
「ああ、その神さんね、バトゥさんです。荷物輸送の安全を守ってくれるんですよ」
村長は石像に一礼して、そのまま足を止めずに通り過ぎた。「これって、どうみても、うちの田舎にあった馬頭観音そっくりだよな。ここってアジアの片隅なのか?」と思ったが、口に出すと、また厄介なことが起こるような気がしたので黙っておいた。
村の中央に向かって進んでいる間、いろいろな村人とすれ違ったが、その殆どが、黒い髪に黒い瞳、少し茶色がかった肌の人たちだった。そんな中に、たった一人だけ、俺と同じ肌の色をした中年の男が混じっていた。その禿頭の男はゴムタイヤのついた自転車を押しており、村長を見かけると、「今日も良いお日和ですねぇ」と愛想良く笑い、頭を下げて通り過ぎた。
「あれって、自転車ですよね? あの人は一体・・・」
「ああ、あの人ね、魔王さんのところの使用人ですよ。毎日、こうして村に来て買い物をするんですよ。買い物上手で、しっかり値切っていきますけどね、腰の低い如才ない人なんで、みんなから好かれてますよ」
確かに自転車の前の籠には、野菜がたくさん入っていた。トマト、ナス、トウモロコシ、ジャガイモ・・・すべて見慣れた野菜ばかりだ。
事も無げに答える村長に向かって、俺は怪訝な顔で尋ねた。
「あのう、今、魔王「さん」とかおっしゃいましたよね? 魔王って恐ろしい存在なのでは・・・」
村長は破顔一笑すると、大げさに首を振り、顔の前で手を左右に振って見せた。
「いやいや、今は、そんなことは全くないですよ。森の奥の城にお住まいで、森で取れるキノコや木の実、材木なんかをこの村に売って、それで生計を立てておられます。どこの村でも、森には恐ろしい獣が住んでいるんで、なかなか森の産物が手に入らないんですけど、お陰さまで、ここの村はそういうこともなくて、むしろ他の町や村からも買い付けに来るくらいですよ。ほんに、魔王さまさまです」
「今は、ってことは、昔はそうではなかったんですか?」
「そうですよ。伝説では、かなり暴れていたようですが、500年前に先代の勇者サマからコテンパンに締め上げられてから、すっかり改心して、今は真面目に暮らしてますよ」
「ええっ、それじゃ、魔王退治なんて、もはや必要ないんじゃ・・・」
俺が言葉を呑みこむと、村長は実に困った顔になって、黙って目を逸らされてしまった。
教会は村の中央にあったが、俺の予想とは全く異なる佇まいだった。しめ縄が張られた石の鳥居の脇には、一対の動物の石像があった。聖堂にだんだん近づいてくると、その石像が招き猫であることがはっきりと判った。小判の代わりに、左の前足で硬貨を押さえ、右の前足を上げて参詣者を招いている。
鳥居をくぐると、瓦屋根の聖堂が見えてきたが、どうみてもお寺の本堂にしか見えない。ただ、お寺と異なるのは高床式ではなく、地面に石の床が敷かれて、そこから木の柱が伸びている点だ。地面と聖堂の床に高低差が無いので、靴を履いたまま入ろうとしたら、村人から靴を脱ぐように注意された。
聖堂の入り口で靴を脱ぐと、靴下もちゃんと脱ぐように言われた。堂内はよく磨かれた大理石が敷かれており、足の裏にひんやりとした感触が伝わってくる。堂の奥には、十字架が据えられているが、「十」型ではなく、「X」型に置かれており、二つの柱の交差部の真下には、一体の木像があった。
遠目からも、それがなんであるか、俺にはっきりとわかった。片手に小槌、もう片手に大きな魚を抱えている。俺は、神妙な顔をしながら、恐る恐る村長に尋ねた。
「あのう、この神様は・・・・」
村長は神像に向かって一礼すると、正座し、俺にも座るように身振りで示した。そして、厳かな声で答えた。
「トーカエビス様です。豊穣を司る神様で、小槌は鉱山の開発、魚は自然の恵み、農業と漁業を表しています。九百万の神々の最高神です」
「やっぱりね」と思いながら、しげしげと神像を眺めていると、司祭と助祭が入ってきた。二人とも剃髪した頭に小さなベレー帽を乗せ、長い口髭を蓄えており、神像に向かって一礼すると、数珠を取り出して、左手に持った。助祭は小さな布包みを小脇に抱えている。年長の司祭は、黙ったまま、俺をしばらく見つめていたが、やがて「まこと伝説どおりじゃ」と呟き、村長に向き直った。
「この御方が勇者サマですな」
「はい。つい先ほど、村はずれに降臨されました。先ほどお借りした伝世の書もきちんと読めるようでしたし、聖器も持っておられます。どうかお確かめを」
村長の言葉を聴くと、司祭は若い助祭に視線を向けた。助祭が脇に抱えた布包みを丁寧に床の上に置いて、布をほどくと、中から宝石の嵌めこまれた美しい小箱が現れた。助祭は、その小箱を両手で恭しく持ち上げると、箱に向かって一礼して、司祭に手渡した。その間、明らかに助祭は息を止めているようだった。
司祭がゆっくりと小箱の蓋を開けると、中には一見して上質の織物とわかる赤い布が幾重にも納められ、その中央に小さな銀の箱が置かれていた。
司祭が厳かに銀の箱を取り出した。
「あっ、携帯!」
「そのとおり、ケイタイじゃ。先代の勇者サマが500年前にニホンからこの国に降臨されたときに持ってこられた聖なる宝。今は光を失っておるが、かつては光り輝き、人々の顔をその中に映し、また、聖なる音曲を発したと伝えられております。あなた様もお持ちとのことですが、お見せ頂くわけにはまいりませんでしょうか?」
司祭に頼まれたので、俺は自分のスマホをポケットから出した。
「うーん、少し形が違うようですな。これは本当にケイタイなのですかな?」
ここまで来て疑われたら、「詐欺師」と間違われて、ひどい目に遭いかねない。仕方なく、俺はスマホの画面に指を滑らせ、カメラを司祭の顔に向けた。さすがに司祭はうろたえて、咄嗟に顔を背けたが、画面には、あっと驚いている司祭の顔がきちんと映っていた。
「ほら、ちゃんとあなたの顔が映ってますよ。なんなら、音楽も出ますけど」
俺がスマホを差しだすと、司祭は画面を恐る恐る覗きこみ、そしてのけ反った。
「おおっ、これはまさに、ワシの顔! すると、これはやはり聖器ケイタイですな!」
司祭の反応を見て、村人たちの表情が一段と暗くなった。司祭も、深刻な顔で腕組みをして、目を瞑ってしまった。
「ついに、創世の時が来てしまったのですな。神々は、私たちに試練をお与えになられ給うのか・・・」
司祭が苦渋の表情で呟き、神像に向かって手を合わせると、若い助祭が、放心したように、がっくりと床に膝をついた。
「ええと、話を最初から整理したいんですけど、ここは、一体、どこですか? 今は西暦で言うと、何年ですか?」
司祭は厳しい表情を崩さないまま、俺に顔を向けた。
「ここはイストリアス。この世界に二つある大陸のひとつ、ユーラフリカの東端です。もうひとつの大陸は、炎の大陸、アンタークティカ。誰も住んではおりませぬ。西暦、というのは、よくわかりませんが、今は、紀元500年です。先代の勇者サマが降臨された日を紀元元年としております」
「大事なことなので、もう一度、お聴きしますが、ここはヨーロッパでもアジアではなく、そして、今は2012年ではない、ということなのですね? また、この世界には、人の住んでいる大陸はひとつしかないと・・・」
手足から血の気が引いて冷たくなっていくのを感じながら、俺は最後の望みをつないで尋ねた。
「そのとおりです。ようこそ、勇者サマ。まだお名前を伺っておりませんでしたな」
ようこそ、と言っている割には、司祭はまったく歓迎する顔ではない。村人たちの深刻な表情と相まって、俺は、本当に自分が異世界に召喚されてしまったことを実感し、へなへなへな、と腰が抜けて、その場にへたり込んだ。
少し間が空いてしまいましたが、第3話をアップしました。
この作品は、「ダブル・スタンダード」の合間に、まったく気分転換で楽しく書いている肩の凝らない作品ですので、どうかお気軽にお楽しみください!
基本的にファンタジー系で、これからコメディー&恋愛要素も大いに増えてきます!
さて、次話では、いよいよ「魔王」が登場します! 果たしてクエストに発展するのでしょうか?
「成長」をテーマとした学園系作品「ダブル・スタンダード」も、下記で毎日連載中ですので、ぜひ、ご一読頂けますと、幸甚でございます!
http://ncode.syosetu.com/n2171bh
きのみや しづか 拝