表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

イオニアの碧い空

 目の前で激しく揺れ動いていた炎が急に消えると、のどかな陽射しの下に広がる緑の野原が見えた。


 野原の向こうには、点在する農家らしい建物、そのまた向こうには城壁と尖塔がうっすらと見えている。

 

 顔を覆っていた手を下ろして、俺は恐る恐る立ちあがった。


 (なんだ、ここは?)


 俺は、つい10分ほど前に、会社帰りに馴染みのラーメン屋に入って冷やし中華を注文し、キュウリを切らしていた店主がすぐ近くのスーパーから帰ってくるまでの間、店番を頼まれていた。

 店に入ったときから、なんとなく微妙な違和感を感じていたが、トイレに行こうとして照明スイッチを入れた途端、大音響とともに炎に包まれ、次の瞬間、風圧で身体が飛ばされた。


 店内の隅から反対側の隅まで飛ばされていく時間が、実にゆっくりと感じられ、室内がめちゃくちゃに壊れていくのが、スローモーションのように見えた。

 どこかの壁に叩きつけられる、と覚悟した瞬間、急に熱さを感じなくなり、辺りが静かになった。そして、周囲を見渡すと、この不思議な景色が広がっていたのだ。


 聞こえてくるのは、草原を渡る風の音だけである。農家や城壁のある方角と反対側に目を向けると、鬱蒼とした森が茂っていた。いかにも何かが潜んでいそうな雰囲気に、俺は、思わず、ごくり、と唾を呑みこんだ。


 (ここで、こうしていても、どうしようもないな。取り敢えず、あの家に近寄ってみるか)  


 城壁と尖塔は、明らかに日本のものではなかった。とすれば、近くに見える建物の住人も、日本人ではない可能性が高い。言語の通じない場所で、ファースト・コンタクトでトラブルが起これば、取り返しのつかない騒ぎになりかねなかった。以前、バナナの輸入元を尋ねてフィリピンの山岳地帯の農園に行く途中、夜道で車が故障したとき、現地住民から窃盗犯と間違われて険悪な雰囲気で取り囲まれた、あの不愉快な記憶が甦ってきた。


 (とにかく、慎重にするに越したことないよな。にこやかに、そして、敵意がないことを示さないと・・・)


 近くの家は、やはり農家らしく、小さな穀倉を持っていた。敷地を囲む茨の生け垣の脇から、そっと覗きこむと、家の前のスペースでは、初老の男が黙々と藁を撚り合わせて縄のような細工を作っている。

 白髪混じりの黒い髪、黒い瞳、日焼けした褐色の肌、背はさほど高くなく、日本のどこにでもいる農家の老翁らしかった。

 が、服装は、初めてみるものだった。茶色の頭巾、重ね着した無白の上着、洗い晒しの青い膝下までのズボン、そして摩耗した木靴。足元には、あちこち傷だらけだが、よく磨かれた銃が置いてある。


 (やはり、ここは、日本じゃないな。言葉が通じないことを前提に、コミュニケーションの方法を考えないと・・・)


 ひとまず撤収しようとして踵を返したとき、足元に落ちていた枯れ枝を踏んでしまった。パキッという乾いた音が辺りに響き、作業をしていた男の手が止まり、怪訝そうな表情で、こちらを見た。たちまち、男の眼が大きく見開かれ、男はバネにでも弾かれたかのようにその場で立ちあがった。


 「そこにいるのは誰だ!? いるのはわかってるんだぞ! 出てこないなら、鉄砲で打ってやる!」


 男がこちらに向かって大きな声で叫んでいる。


 (まずい、見つかった! これは、また盗人と間違われるぞ。まいったな、これは・・・え、今の日本語だよな? 俺、ちゃんと意味が理解できたよな?)


 「十、数えるまでに出て来ないんなら、獣だろうから、これで打つぞ! ひとつ・・・ふたつ・・・みっつ・・・」


 (おいおい、銃口をこちらに向けてるぞ。あいつ、本気で打つつもりだな。まいったね、これは・・・仕方ない、言葉が通じるんなら、なんとかなるだろう。打たれるよりはマシだ・・・)


 俺は、生け垣の脇から、両手を挙げて降参ポーズで、男の面前に姿を現した。案の定、男は、一瞬、明らかに身体をびくっと緊張させたが、やがて、私の敵意がないことを感じ取ったのか、ゆっくりと銃口を下ろした。


 「そんなことで、何やってたんだ? それに、なんだ、その格好は? どこの者だ、お前は?」


 男は明瞭な日本語で、矢継ぎ早に私に質問してくる。まだ警戒心を解いていないことは、男の険しい眼差しをみれば、容易にわかる。


 「ええと、私は、旅の者ですが、ちょっと道に迷ってしまいまして・・・あの、こちらは、どこなんでしょうか?」


 丁寧な口調で恐る恐る尋ねると、男は相変わらず俺をじっと見つめながら、少しだけ表情を緩めた。


 「そうか、あんた、旅の人か。道理で、ここらで見かけない顔だと思った。ここはな、イオニアの東の外れさ。あんたも、イオニアの街へ行くのかい?」


 「申し訳ありません、イオニアがどこなのか、わからないのですが・・・本当にすみません、この辺りの地理に不案内なものでして・・・」


 申し訳なさそうに何度も頭を下げると、男は初めて少しだけ笑った。


 「なあに、初めてなら仕方ないさ。司教座のあるダルメシアは知ってるだろ、その東隣の司教区がイオニアさ。ご領主様は、帝国皇帝ミハイル・パライオロゴス様のご七男、アンドロニコス様だ。ほら、あのモレア防衛戦で大きな功績を挙げられた、有名なアンドロニコス様だよ。そして、あれがイオニアの街とお城さ」


 男は、畑と草原の彼方に小さく見える城壁を指差してみせた。

 

 (いや、そういう地名や人名を言われても、まったくわからないんだけど・・・これは困ったな・・・これ以上、知らない知らないと言い続けると、本当に疑われてしまう・・・・)


 「ところで、あんた、どこから来なすった? モスコウビアか、もっと向こうのハルシャか?」


 「いや、ニホン、という国だよ。まあ、遠い国だから、知らないとは思うけど・・・」

 

 「え、何だと、もう一度、言ってくれ、よく聞こえなかった」


 男は困惑した表情で、左耳を私の方に向けて、一歩だけ近寄ってきた。


 「だから、ニホン、だと言ったんだ」


 「なんだと、お前は、確かにニホンと言ったな? 間違いないな?」


 「ああ、確かに、俺はニホンから来たんだ。ニホン、知らないだろ?」


 男はその場から飛び退くと、勢い余って尻餅をついた。そして、震える手で俺を指差した。


 「それじゃ、あんた、ケイタイってもの、持ってるか?」


 「ああ、これだろ? さすがにこんな田舎でも、携帯は使えるんだな。基地局がどっかにあるのか?」


 俺は、ズボンのポケットに入れていたスマートフォンを取り出すと、ついでに、カメラで男の顔を映して、「ほら」と言って、画面を見せてやった。

  

 画面を覗き込んた男は、たちまち顔から血の気を引かせると、真っ青な顔で後ずさりしながら、家の中に向かって大声で叫んだ。


 「だ、誰か、誰か、来てくれ! すぐに聖堂参事会のみんなを呼んできてくれ! ああっ、もうおしまいだ、私の代で勇者サマが降臨されるなんて! ああっ、なんてことだ!」


 「え、勇者? 俺が? いやいやいや、そんなこと、ないから! 俺は、ただの商社マンだ。あんた、勘違いもほとほどにしてくれよ」


 俺の釈明など、全く耳に入らないように、男は涙を流し、地面を拳で殴りつけながら、大声で叫び続けていた。

 家の中からも、そして、少し離れた隣家からも次々と人影が現れ、慌てふためいたようによろめきながら、こちらに向かって走り寄ってこようとしていた。  

 はじめまして、来宮静香と申します。

 初めて、ファンタジー作品にも挑戦してみることにしました!


 拙著「ダブル・スタンダード」が「成長」をテーマとした学園系の毎日連載作品なので、「迷惑な勇者サマ」は、全く正反対に、常に楽しく、ほのぼのとした「異世界」を描く、肩の凝らない週末掲載作品にしたいと思っています。


 拙著「ダブル・スタンダード」も下記で連載中ですので、ぜひ、ご一読頂けますと、幸甚でございます!


  http://ncode.syosetu.com/n2171bh

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ