第四章 無力
第四章 無力
朝のホームルーム、俺はギリギリ間に合った。
俺が教室のついた時には、担任はすでに教卓の前にいた……。
「えー本日の予定は……特にありませんね」
担任が、そう言い終わると、隣のクラスから叫び声が聞こえる。
うおおおおと、男子の声が響く……。
担任は何かを思いついたような顔をしていた。
「そうそう、隣のクラスに転校生が来たので、何かあったら、助けてあげてくさいね」
転校生? この時期にめずらしいな。
「えー、では朝のホームルームを終わります」
起立礼をして、生徒は一限の準備をしなくてはいけないのだが、ほとんどの生徒が隣のクラスに群がっていた。
「おいおい、何やってるんだよ、あきら! 転校生を見に行くぞ!」
喋りかけてきたのは富崎和夫通称トミカ……ミニカーとは全く関係ないから、そこは注意だ。
「興味ない」
俺は短く返事をして、机に俯せになる。
「はあ、わかっちゃいねーな」
「何がだよ……」
「転校生だぜ? 高校の時に転校生が来るなんて、珍しいじゃねーか」
「それで?」
興味がない物には徹底的に興味を示さないのが俺の主義……主義なんて語ったことあったけな?
「まったく……あきらは……おれ達は、同じ『紳士』だろ?」
「言いたいことがまったくわからん」
俺は、適当にはぐらかす。
「さとーくーん、お隣の転校生が君を呼んでるよー」
この声は確か笹野だったけ?
このクラスで最もおしゃべりで情報通の人間、俺はこいつが苦手だ。
「知らないって言っておいてくれー」
やる気のない返事をするが、俺は隣にいた人物を誰だか忘れていた……そう、変態紳士なトミカの事を。
「なんで、なんで、あきらばっかりなんだー」
そう言うと、トミカはここから一番近い男子トイレにダッシュしていった。
あいつも、あいつで面倒だな……。
「じゃあそっち行くってー」
転校生の返事を笹野を介して返ってくる……だから俺は、返事をする。
「嫌だ!」
「なんで! かわいいよ? ボーイッシュな感じでさ?」
ボーイッシュ……その単語が頭のどこかで引っかかった。
「で、特徴的は一人称が『ボク』なんだよー、ここまで、徹底されたボーイッシュは他にいないよ、絶対!」
なぜか、自慢げに一人で頷く笹野、結局のところお前は何をやってるんだ?
――ん? って、あれ、一人称が『ボク』っていったのか?
すると、扉から、ひょこっと顔を出す転校生……もとい、高野友梨香……。
「やほー、おひさしぶりー」
「ち、ちょ、ちょっと来い!」
俺は、友梨香の手を引っ張って、あまり使われていない、階段まで走る。
「な、な、なんで、友梨香がここにいるんだ!」
「いちゃ悪かった?」
「悪い!」
「ひどいよ……ううっボクはあっ君がこっちに来ないからならいっそ、ボクが鈴峰に来ればいいのかって名案が思い付いたのに全否定されるなんて」
おそらく、嘘泣きなんだろう……妙に演技がうまく、ほとんどの人は泣いているのではないのかと勘違いするくらいのうまさだ。
ただ、その嘘泣きをる相手が間違ってるんだけどな?
「あー悪かった……別に、来るなとは言わないけど、どうして、ここに来ることにしたんだ? 友梨香はあっちで、陸上頑張ってたじゃないか?」
「んーそれは、あっ君と一緒に学校行きたいからね」
「おい……俺の事を絶対学校で『あっ君』って呼ぶな!」
「んーじゃあ、あっ君がボクにチューしてくれたらいいよ?」
俺は、友梨香の頭を小突く。
「あいたっ! なんだよー冗談じゃんか冗談!」
顔が本気だったけどな……。
「呼ばないよな」
「えーどうしよっかなー」
「よ・ば・な・い・よ・な?」
俺は、ちょっと怒った感じをつくって、友梨香に攻める。
「わ、わかった、わかったよー」
「そうか……それならいいや」
すると、友梨香が「うーん」と唸りだした。
「どうした? いきなり悩み事か?」
「そうっちゃそうなんだけど……『あーちゃん』か『あーたん』かどっちがいいかなって?」
俺は一瞬怒鳴ろうかと思ったが、まだ、一限すら始まってないため、ここで、体力を消費するのは、ばかばかしくなったから、あきらめた。
「どっちもダメだ! 呼び難いんだったら『あき』でいいんじゃねーの?」
自分の事をあだ名で呼ぶのって結構複雑だな。
「うんじゃあ、あきって呼ぶよ!」
そして、予鈴がなる。
「あっと、時間だね! じゃあ放課後にそっち行っていいかな?」
「自分のクラスに居たらどうだ? 転校生なんて珍しいんだから、いろいろと質問されて来いよ」
「あき、それ皮肉のつもり?」
「ん? 何のことかさっぱりだ」
俺はとぼける。
どうやら、友梨香にはそれが、腑に落ちないようで、ちょっと怒り気味になったけど、潔く自分のクラスに戻って行った。
「さて、俺も教室に戻るか……」
独り言……のつもりだった。
「戻らせない! 事情聴取に入ります!」
俺の背後に立っていたのは、笹野と竹城となぜかトミカ。
「な、何の用だよ……」
「君は、転校生とどういう関係なの?」
そう聞いてきたのは無論、事情を知らない笹野だ。
「竹城! お前知ってるはずだろ、説明してくれてないのかよ!」
え? と、面くらった表情の笹野……やっぱり教えてないのか……。
「あれは、ただの幼なじみだよ」
「なんで、お前の周りばかりかわいい娘が増えていくんだ!」とトミカ。
「お前は黙ってろ……てか、なんでここにいるんだよ」
ムスッと膨れたトミカ……お前のその表情はキモイだけだから、やめておけ。
「いちゃ悪いのかよ? だいたい、教室の入り口で、あんなふうにあきらと転校生ちゃんが仲良くしてるのが悪いんだ! 誰だって、気になるだろ、普通」
あ、俺もしかして、みんなの前で堂々と連れ去って行ったのか……。
そりゃ誰だって、気になるわな……。
「それにしても、すごく仲がいいんだね……」
笹野が言いながら俺に近づいてくる。
「な、何が言いたいんだ?」
それから、一限開始時間ぎりぎりまで、尋問されたこと言うまでない……いや、あの時だけだったらまだ、ましだな。
笹野は、毎放課これでもかというぐらい質問してきた、正直いい加減困る。
そんな地獄のような尋問の連鎖からようやく抜けられた、放課後。
俺は生徒会室にいる……なんだかんだで、ここにいるのが家の次に落ち着く場所になってるな。
ただ、今日はいつものメンバーに加え、もう一人来客が来ている。
「ほえー、ここが鈴峰の生徒会室なんだー! 意外と狭いね!」
遠慮のない言葉使い、言うまでもなく友梨香だ。
「そうね……私の力でもっとここ広くしましょうか」
と、ニコニコ笑うのは会長。
「美華姉さま、そういうことはあんまり言わないほうが……」
風華が、書類を整理しながら言う。
「それもそうね……あ、理事長室と取り換えてもらう?」
「それは、もっとダメです!」
間髪入れずに冷静な突込み……さすが、竹城。
「そうかしら? 名案だと思ったのだけれど」
会長は、いつもニコニコとしているから、本気で言ったのか、冗談で言ったのかが、あんまりわからないのが、色々と問題なんだよな……。
「あ、佐藤君今日は、そこのダンボールを倉庫まで持って行ってくれる?」
「はい、了解しました」
いつも、なんの前触れもなく俺に仕事が振られる。
「ねーあき? ボクも手伝おうか、ダンボールいっぱいあるみたいだし」
「あー、えっと、高野さんは監視役お願いできるかしら? 佐藤君が校内であらぬことをしないか」
「しませんよそんなこと!」
「はい! 承知しました!」
――はあ、なんなんだ友梨香のこのノリは……。
「あ、私も手伝う!」
「自分の仕事は終わったのかよ?」
「ちょうど、今終わったところ」
竹城が珍しく俺の仕事の手伝いをしてくれるとか……天変地異の前触れか?
「……天変地異なんて起きないわよ!」
「なんで、考えたことがわかるんだよ!」
「だって、顔に出てるから……」
「怜先輩……ここ、終わってむごご」
風華が何かを言うのをなぜか阻止しようとした竹城……。
「それは、家でやることなの!」
「あのさ、無理なら別に手伝わなくても」
「やる!」
な、何なんださっきからこの人たちのテンションは……やけにハイだぞ?
「そ、それじゃ、頼む」
「うん!」
なぜだか知らんが、機嫌が一変して、ニコッと笑う竹城……。
「それじゃ、怜ちゃん一緒にがんばろ!」
「そうね! さっさと終わらせましょう!」
――あの、元々その仕事、俺のなんだけど……。
ダンボールは予想以上に多かった……おかげで、三人がかりでも、2時間ほど掛かってしまった。
「ふー、これで最後だな」
「じゃあ、最後はあきに任すよ」
「おう!」
横から、竹城が、ひょこっと顔をだした……今までどこ行ってたんだ?
「あきら君……富崎君が一緒に帰らないかって?」
「え? あいつ待ってたのか?」
「そんじゃ、ボクは用事があるから先に帰るねー」
そういって、友梨香は、さっさと門を通って帰って行ってしまった。
「あの……今日一緒に帰ってもいい?」
やたら、下を向いてもじもじしてる竹城、一体どうしてしまったのだろうか?
「竹城? 別にいいけどさ、トミカと今日公園の清掃を手伝いに行くんだぞ?」
「あ、そうなんだ? でも、何であきら君も?」
そりゃ疑問になるな、俺と竹城は家が近かった、しかし、トミカの家はこの辺りで、俺と帰ることはなかった、つまり真逆なんだ……。
と、説明すれば早いんだけど、どうやら、竹城は察したらしい。
「なあ? 俺の思考ってそんなにわかりやすいのか?」
竹城は間髪入れずに答える。
「そりゃもちろん!」
俺はもう少し表情に出すということを控えた方がいいのだろか……。
「でも、今まで通りでいてね?」
やっぱり……読まれている、なんというか情けないなぁ……。
俺は、大きなため息をつく。
「そういえば、なんで、この時間に公園の清掃をするの?」
「ああ、一年の時にその公園で遊んでたら、変なおじちゃんが来てさいきなり、掃除を手伝えって言いだすんだよ……で、俺らはしぶしぶ手伝ったわけで、ま、その変なおじちゃんが実はとってもいい人だったんだよ」
俺が力説している間に、最後のダンボールが片づけ終わった。
倉庫の鍵を閉めて……ほい! これで仕事終了!
「具体的にどんないい人だったの?」
「うーん……ま、竹城も来いよ! その時になったら教えてやるよ!」
「わかったけど……」
急いで生徒会室に戻る俺と竹城。
俺達を出迎えてくれたのは会長だった。
「二人ともお疲れ様……お茶入れるけど、飲んでいく?」
「折角ですが、用事があるのでお先に失礼します!」
何だか少し残念そうな会長。
「佐藤君! くれぐれも、白の剣士には気を付けるのよ?」
「はい!」
白の剣士っていうのは、今だに出没する不審者の事……いや、前よりも出没回数が減った気がする……。
「そういえば、白の剣士滅多に出なくなったって話ね」
俺の隣を歩く竹城……最近竹城と帰ることが多くなっている。
「そうだな……何せ相手は俺狙いだからな、竹城がいるから狙いにくいんだろうな」
そう、最近竹城と一緒に帰ることが多くなってる、それどころか、わざわざ、竹城は俺の家まで迎えに来てくれている……。
「このまま、いなくなればいいのだけれどね?」
ホントその通りなのだけれど……俺の読みだと、白の剣士の正体を暴くか最悪、白の剣士を倒すかのどっちかになると思う……。
「そうだな……それよりも早くトミカの所に行こうぜ?」
「あ、うん、待ってよ!」
「よう、待たせたな!」
校門で待っていたトミカその目つきは俺を軽蔑するような目つきだった。
「なんだよ? 遅れてきたことか?」
「違ーーーう! なんでお前が竹城さんと一緒に来てるんだよ!」
「あの……私いちゃダメだったのかな?」
トミカは態度を一変させて、竹城に言う。
「いやいや、全然大歓迎ですよ!」
ほっと胸をなでおろす竹城……昔――出会ったとき『貴様』なんて言ってた頃――からは想像もできない姿だな。
「おい、あきら……まさかとは思うがリア充とか言わないよな?」
「あ、ああ別に竹城とは何ともないぞ」
なんで俺の周りには俺を非リア充にしたがる奴らが多いんだ!
「ホントか? 最近じゃお前、生徒会でとっかえひっかえ女子と遊んでるってもっぱらの噂だぞ?」
「そ、そんなの嘘だ! 誰だそんな噂流してるやつは!」
「嘘だ! あはは、引っかかってやんのー!」
「こ、コノヤロー! あ、待ちやがれ! 逃げんじゃねー」
「ちょっと二人とも私を置いてかないで!」
公園までは坂道なんてない、実に平坦な道のりで少し走るだけならほとんど疲れない。
ここの公園は、学校が元々高い位置にあるため平坦な気分だけど、結構な高さはある。おかげで見晴らしはすごくいい公園になってる、でもこの公園は目立たない場所にあるせいか、穴場――現地の子供には知られている――になってしまっているのが現状だ。
公園に着くと、おじちゃんはごみ袋と、ほうき、ちりとり、ひばさみを持って待っていた。
「おう来たな、それじゃ始めるか! ん? 今日は一人多いようだな? かっかっか、どっちかのコレか?」
そういうと、おじちゃんは小指を立てる……。
「別に、どっちのでもないよ……それより、早くやらないと時間大丈夫?」
トミカも時間を気にしていた……。
「おお、そうだったな! ほれ、いつもの通り分担してしてやるか!」
いつものことながら、元気な人だった……ちなみに名前は知らない、というか教えてくれない、でも、理由はないのだけれど、悪い人ではないとどこか俺とトミカは確信していた……。
「そういえば、今日は一人多いんだったな、じゃあ、ツンとオレはいつも通り、そんでネコはお嬢ちゃんを任せる」
ツン=トミカ……頭がツンツンしてるから。ネコ=俺どうやら、猫っぽいからという理由らしい。
ちなみに、おじちゃんも俺らの名前を知らない……俺らも、ここでは呼びやすいようにおじちゃんの付けたあだ名で呼んでいる。
隣で首をかしげている竹城がいい証拠だ。
「あ、あの? ツンとネコって誰?」
「ん? ああ、ここでは、おじちゃんが付けたあだ名で呼ぶことになってるんだ」
「お嬢ちゃんはお嬢ちゃんだ!」
ホントに適当なんだな……猫にネコって名前を付けそうなぐらい適当な勢いだな。
「くう、おじちゃん! なんで俺にたけ……『お嬢ちゃん』じゃないんだよー」
大声で笑うおじちゃん……。
「ツンは何をしでかすかわからんからな! まだ、ネコの方が安心というわけだ!」
消去方だったのか! にしても、おじちゃんしっかりわかってるじゃないか!
俺は思わず吹き出す。
「あ、てめっ! 笑ったなーくうう! なんで俺はこんなに信用がないんだぁあ!」
「さあ、さっさと始めるか!」
おじちゃんが言うと、それ以降はもくもくと掃除に打ち込む俺たち。
「ねえ、あきら君」
「違う、ここの時だけは俺は『ネコ』だ」
ルールはルール、竹城もここにいる以上は例外ではない。
「あ、あのね? ネコ君、何度も同じことを聞くようだけど、なんで、公園の掃除してるの?」
「そいつは、まあ、メインのためのオードブルってところだな!」
間違ってはいないはずなんだけど、うまく伝わってないらしい……。
ここに来て、竹城は首をかしげてばかりだった。
「余計意味が分からなくなったなぁ……」
小言を言う竹城には突っ込まず、俺は作業を続ける。
三十分ほどで、公園もだいたいきれいになる。
「そんじゃ、ご苦労さん! 時間は……そろそろだな」
俺たちは公園の一番西側に行く。
「あっ」と声を上げるのは竹城……そりゃ初めて見るもんな。
俺たちが見ているのは沈んでいく太陽……空だけでなく、街もすべて茜に染めていく夕日、公園が高い位置にあるおかげで、それを一望できる。
「わぁ……すごくきれい……」
「はは、どうだお嬢ちゃん? この眺めは最高だろ?」
「でもって、この景色をきれいな公園で見れるんだ……」
「なるほど、この景色をきれいな見るために公園をきれいにするんだ……」
どうやら、わかっていただけたようでなによりです……。
納得したのがそんなに嬉しかったのか、竹城の表情はとても、にこやかだった。
そうこう言っている間に茜色を残したまま、日は沈んでいく……。
「沈んでったね……」
どこか、お祭りでも終わった時のような、さびしそうな感じの声だった。
「でも、ネコ君やツン?君がここの掃除をする理由がわかったよ!」
言いにくそうだけど、ルールはしっかり守ってくれる竹城……。
半年ぐらい変わらないここだけのあだ名、
なぜなのかは分からないけど、おじちゃんは俺たちの本名を知ろうとしない、いや、むしろ、知ろうとすること拒んでいるかのような感じだった。
「かっかっか! お嬢ちゃんもまた来るかい?」
「はい! お願いします!」
こうして、竹城を含んだ公園の掃除は終わった。
辺りは、しだいに暗くなっていく。
帰り道、俺と竹城とトミカはおじちゃんと掃除をやりだした頃の話をしていた。
急にトミカが立ち止り、不思議そうに一台のワゴン車を眺める。
「どうした?」
「いや、こんな車掃除する前に止まってたかなって、思ってな?」
そういえば、なかった気がしなくもない……。
「いいじゃないか、そんな事気にしたって、路駐なんてよくあることだろ?」
確かに、不自然ではあるが、早く帰りたいせいか、俺はトミカを急かす。
「それもそうだな……」
「ねぇ、あきら君……もしかして、あれ……」
竹城が震えてる? 間違いなかった、震えてる竹城が見つめる先には……。
人影、それは、俺の知ってるなかで何も知らないやつ……。
「……白の剣士」
しばらく出てないと思って油断していた……。
ここには、一般人のトミカもいるし、下手に能力は使えない……。
「なあ、あれ最近噂になってた不審者だよな?」
そうだ!
「なあ、トミカ……あいつは俺を狙ってるんだ……トミカはこの先にある交番までいって警察呼んできてくれないか?」
「あ、ああわかった……」
トミカはダッシュして、白の剣士の横を通り過ぎる。
よかった、どうやらあいつは、トミカに手を出す気はないらしい……。
「さてと、問題は、どう対処するかなんだけど……」
白の剣士は右手に『武器化』の『影』を持っている……。
俺は手の届くちょうどいい位置を触る……。
ふにふにっとした何かが手の中に納まっていた……。
こ、これって……まさか……。
俺の手の中にあったのは、あまりにも自己主張のない小さな胸だった。
「ま、まて! 今は白の剣士に集中しないと!」
竹城は顔を真っ赤にして、頭から蒸気が出そうな感じだった。
そのまま、エンストしてくれよ。
「あーもう、『コール・スパークマスター』来い、電刃鏡光!」
「くぅ、後で覚えておきなさい!」
どうやら、感情はコントロールできているようだ……。
俺らの茶番が終わるのを待っていたかのように、白の剣士は突っ込んでくる。
いまや、電刃鏡光はきちんと俺の言うことを聞いてくれる……心配はない、あの剣を止め反撃に出る……。
「キサマラ、ヲシマツスル……」
ん? 「貴様ら」? 対象が俺だけじゃなく、竹城もなのか!
「おい、お前の相手はこの俺だ!」
どこかのヒーローみたいな台詞を吐いて、白の剣士に気を向かせる!
白の剣士は思いっきり剣を振りかぶってまるで俺を叩き斬るかのようだった。
振り下ろす瞬間、右手の電刃鏡光で防ぐ。
空いている左手で、電気を発生させ白の剣士にぶつける。
しかし、白の剣士はそれをうまくかわす。
俺の攻撃が当たらないとなると厄介だな……あいつは速いし『アクセル』でも使えればいいんだけど、そうすると、『武器化』できるマスターの力が……ってそうだ『デュアルコール』があるじゃないか!
「『デュアルコール・アクセル』!」
すると、右手に発生していた電刃鏡光は変形を起こし、元の形よりも随分と細くなっていた。
俺は『アクセル』の能力で一気に間合いを詰める。
急激な、速度の変化により、白の剣士はひるんだようだった。
「白の剣士! くらえ! 連雷槍!」
これが当たれば、確実に終わったはずだった……。
あと少しのところで、電刃鏡光は消えた……つまり、ガス欠……能力が止まってしまったのだ……。
白の剣士は、『影』を『実態』に変える……。
絶体絶命……二度目の死の覚悟……。
――まただ、俺は何もかもどうでもよくなっている……。
「サッキマデノイセイハドウシタ……ハッハハ! ツイニ死ヲカクゴシタノカ」
――何をする? 何もできない……俺は死ぬ……。
「サトウアキラ……シネ」
白の剣士が剣を振りかざし、俺めがけて振り下ろす……。
振り下ろされる瞬間、俺の前を通る黒い影……まるで、轢かれる子どもを助けるかのように、強く抱き締められる感覚……そして、目の前に広がる『紅』。
「バ、バカナ……」
白の剣士はうろたえる……。
俺をかばったのか? 誰が? 答えは一つしかなかった……けど、その答えを導き出すことを、脳が、体が拒んでいた、けれど、それは事実で現実……。
「た、竹城……?」
「戦意喪失? あ、あきら君らしくない……よ……しっかりしなきゃ……」
竹城は、ぐったりと倒れる……。
それを見ていたかのように、どこからか叫び声が聞こえてきた。
「こ、このやろおおおおおおおおおお」
「ちょ、ちょっと風華! 危ないわ! 戻ってきなさい!」
風華? この声は会長?
さっき、トミカが気にしていたワゴン車からだった。
風華は、おそらく、全速力で加速し、そして白の剣士に跳び蹴りを見舞う。
どの位飛んでいったのだろう……白の剣士は俺の視界から消えた。
「何やってるんだ佐藤! 早く怜先輩を車に!」
「あ、ああ……でも風華は……」
「黙ってさっさと行け! 今のあんたじゃただの足手まといだ!」
足手まとい……その言葉は俺の脳に深く突き刺さる……。
「佐藤君! 早く! たぶん風華は大丈夫だから!」
会長の声が響く……俺は、ぐったりと倒れる竹城を抱えて、何の能力も発動してない体で、全力疾走する。
車に着いた時には、俺の両腕には『血』がついていた……。
「急いで、病院に!」
会長が運転手に言うと、車は急発進する……。
「あ……きら……君……?」
「竹城さん……何もしゃべらないほうがいいわ……」
「か……いちょ……う?」
俺は何もできなかった……何もできなかったから、竹城を傷つけ、風華を置き去りにした、おそらく、風華はあの後、全力で逃げてくれるだろう……。
けれど、それでも、俺は無力だった……。
なにが『デュアルコール』だよ……自惚れてんじゃねぇ……この力をまともに使いこなしてないのに使いやがって……俺はバカだ……。
「佐藤君? 一つだけ言っておくことがあるのだけれど、これは事件にはならないわ」
「どういうことですか……」
「能力者同士の戦いで傷つけ、傷つけられても、ただの事故にしかないらないの」
しばらく、沈黙する俺と会長……。
「それと、『白の剣士』の能力関係の事で気になったのだけれど……あれは間違いなく『武器化』だったけど、白の剣士からは『マスター』の能力が反応してないの……」
確か『武器化』を使えるのは『マスター』だけだったはず……そうすると白の剣士には矛盾が生じる……。
「つまり、白の剣士は、人工的に作られた能力『人工能力』かもしれない……」
「人工的に能力をつくる? そんなことできるはずが! っは!」
「そう、あなたが拾ったという石……あれは『アート』の基盤となる材料だったのかもしれないわ」
「じゃ、じゃあ俺の能力も『アート』に入るんですか?」
「それは、どうやら、違うらしいわ」
そこで会長は黙った……何かを知っているような感じだったが言えないようなことなのかもしれない……。
「お嬢様、着きました!」
車から降り、すぐに病院に駆け込む。
――しばらくして。
竹城の手術が始まっていた……。
「俺のせいだ……」
何度この言葉をつぶやいたのだろう……。
「私はちょっと、医院長に挨拶があるから席を外すわね……」
そういうと、会長はさっさといなくなってしまう……。
入れ替わるようにやってきたのは、風華だった……。
よかった、無事だったか……。
「佐藤……そ、その元気だしなよ……」
どうやら、励ましてくれているらしい……けど、俺にはそんな資格なんてない、むしろ叱られるべきだった……なのに誰も俺を責めなかった。
「悪いな、お前まで巻き込んじまってさ……」
手の甲に落ちるしずく……俺は泣いていたのか?
違った……泣いていたのは風華だった。
「なんで、風華が泣いてるんだよ?」
風華はハッとなり俺に背を向ける。
「別に泣いてなんか……」
嘘ばっかりだ……お前が竹城を傷つけたわけじゃないのに、なんでなんだろうな?
また、俺の手の甲にしずくが落ちた……今度は俺のようだ頬をつたうのがよくわかる。
俺も自分が泣いているところを見られたくはなかった、まだ泣いているのか風華は俺の背を向けている、それでもいまは助かっている。
「佐藤も泣いてるじゃん……」
「泣いてない……」
どうやら、風華に俺が泣いていることがばれたらしい……けれど、年上という意地が泣いていることを認めなかった。
「二人とも……私死んだわけじゃないんだけど」
声がする……紛れもなく竹城だった……。
けれど、移動型のベッドの上からだった。
いつの間にか、手術中ランプは消えていて、目の前にいる竹城はどうやら幻覚や俺の妄想ではないようだった……。
「怜先輩! も、もう大丈夫なんですか?」
俺の言いたいことを、風華が代弁してくれた、というか先に言われた……。
「一週間は安静にしてないといけないみたい」
どうやら元気のようだった……それでも、俺は竹城に声がかけられなかった。
「あ、あの……あきら君は、何も悪くない」
「違う! 俺には力があるからってどこかで、自信過剰になってたんだ……だから、竹城をこんな目に合わせるはめになっちまったんだよ……」
――静寂、誰も何も言わない……俺がきちんと力をコントロールできていれば……。
「あのね? なんでかわからないのだけど私無意識のうちに筋肉がすごく頑丈になってたっていうか……筋肉に損傷はなかったの! だから、傷もほとんどなくなるの」
「俺への慰めか……竹城は優しいな……」
竹城が何かを言いかけたが、その時には俺はそこにいなかった……。
同じ相手に形は違えど同じ負け方、敗北、そして絶望……。
情けない……俺がこうやって無事でいられるのは、二回とも女の子に助けられてるじゃないか……俺は本当に何をやってるんだ……。
絶望、今の俺はその一言で言い表せられた。
『一週間、竹城はここで入院する』
何も言わずにあの場をトミカを置いて去ってしまったから、そのことをトミカに連絡した……ただ、なぜこうなったのかという事は言っていない、それからこのことは内密にしてくれと頼んである。
トミカからは短く『わかった』とだけ返ってきた。
「ふう……あいつもどうやら無事だったのか……」
俺は一度家に帰った……。
「ただいま」
誰もいない俺の家……また母さんは夜勤か?
「おかえり、随分と遅かったけどなにかあったの?」
驚いた、久々に母さんがリビングにいた……。
「別に何でもないよ……飯はいらない、風呂入って寝る」
「まあ、そういわずに、あんた、だいぶ疲れてるみたいだから……ご飯ここにおいておくから勝手に食べなさい」
「そうする、じゃあおやすみ……」
――風呂、俺の腕に少しだけ残っていた竹城の血……。
恐怖だった、それを洗い流すのは簡単……竹城の傷は洗い流せば消えるものじゃない、わかっていた。
「竹城……」
シャワーと一緒に流れる頬を伝う熱い感触……俺はまた泣いてるのか。
弱いな俺は……。
――自室。
その夜は寝つけるわけがなかった、いや、寝ようとしなかった……おそらく、寝れば俺は涼一に助けを求めることをしてたと思う。
――そういや母さんが作ったんだっけ?
気づけばリビングにいた。
テーブルの上にはチャーハンがあった。
「なんだこれ? はは、これだったら俺が作った方がうまいなぁ……」
けど、懐かしい感じがした……。
母さんの手料理食べるのいつ以来だっけな? 思い出せなかった、それぐらい昔かもしれない。
テーブルの脇には小さな紙
――詰め込み過ぎはよくない、なんでも行動する、後悔だけではなくその後悔をどう生かすかが問題だ――
と書いてある、おそらく母さんが書いたものだけどこんな書き方はしないし、どこかしゃべり言葉のようだった……。
父さんの言葉か?
「ごちそうさま!」
くよくよしすぎたか……俺らしくもない!
「よし何となく元気が出てきた気がする」
明日から、竹城のところに行くか!
さてさて、この話ももう少しでクライマックス…
白の剣士はいったい何者なのか……
次章『白の剣士』