最強の魔道士様とお見合いすることになったけど中二病すぎて何言ってるか分からない
男爵令嬢として育った私は勉強が得意なわけでも、魔法が使えるわけでもない。容姿は平凡。と言いたいところだけれど、その容姿が一番のコンプレックスだ。
昔から妹のミリーと比較されてきた。彼女は見目麗しく、家の中でも外でも、いつも容姿を褒められていた。それに引き換え姉の方は……という言葉を、直接的、間接的に何万回と聞いてきた。
誰も彼も、両親さえもが私とミリーを比べ、妹を優先した。私はミリーを引き立てる付属品のような扱いを受けていたように思う。
同年代の令嬢たちからと親しくなることは出来なかった。みんながみんな、ミリーと友達になりたがり、私は殆ど居ない者として扱われていた。
男爵家は年の離れた兄が継ぐと決まっている。そしてミリーが適齢期になれば引く手あまただろう。
けれど私は……。
きっと、誰にも愛されることなく生涯を閉じるだろう。
「シャーロット、お前に縁談が来ている」
父がそんなことを言い出したのは、19歳になって半年が過ぎた頃だ。
「私に、ですか?」
「私に」と確認したのは、もちろん妹と間違えているのだと思ったからだ。
「ああ、お前の縁談だ。あんな家にミリーを嫁に出すわけにはいかないからな」
その口ぶりから、ろくでもない相手であること、そして私が捨て駒のように扱われていることが容易に理解出来た。
縁談の相手はシックスフィート侯爵。名前は聞いたことがある。魔道士として先の戦争で大きな戦果を挙げ、一代で成り上がった新興の貴族だ。
国から莫大な褒賞金を得ているという噂だが、かなりの奇人だとも言われている。
「これまで多くの令嬢たちがシックスフィート侯爵との縁談を受けたそうだ。だが全て破談になっている。問題のある人物なのは間違いない」
なるほど。そんなハイスペック侯爵の縁談が、この私に回って来た経緯が何となくつかめてきた。要は消去法。人海戦術的にお嫁さん探しをしているのだ。
侯爵家の奥方になれるなんて、かなりのステータスだ。地位も名誉も、そして富も手に入れられる。
しかしそれらがあって尚、絶対に結婚したくないと令嬢たちに思わせる何かがシックスフィート侯爵にはあるのだろう。
一体、どんな人物だというのか。
***
縁談を受け、今日、侯爵家の王都別邸に向かうことになった。
そもそも拒否権など無いのだが、私の心は決して不安に苛まれておらず、むしろ凪いでいた。
結局のところ、私にとってこれは最後のチャンスかも知れないのだ。
このまま家に残っていて、良縁が巡って来る可能性は0に等しい。それどころか妹と比較され、無能扱いされて過ごす日々が続くだけ。
それならば、シックスフィート侯爵に多少難があろうとも、彼と添い遂げる覚悟を持った方が良いと思った。
相手は数多の令嬢たちから拒否られてきた鉄壁(不名誉)。
肥満という言葉じゃ足りないくらい太ったおじさんかも知れないし、三つ編み出来るくらいに鼻毛が伸びた不潔な人かも知れないし、白アリしか食べないタイプのアリクイかも知れない。
けれど、どんな人が来ても、私は受け入れるつもりだ。
侯爵家の王都別邸は古びた建物だった。売りに出されていたこの屋敷をシックスフィート侯爵が買い取ったらしい。
先方の依頼で、私は一人で赴いていた。
執事さんに案内されながら部屋の前まで移動する。掃除はしっかりなされているし、変な匂いなどもない。
歩を進める度、私の心臓は高鳴った。
一体、どんな人が待っているのだろう。
扉がゆっくり開かれる。
ぎぃっ、という音に合わせて私は息をのんだ。
ソファーに座っている男性が最初に目に入る。
黒いコート(私の語彙力ではそう表現するしかない)を着ている。教会の聖職者が着用するものに少し似ているが、あらゆるところに金糸で呪文のような文字が彫られている。
両腕に金、銀の腕輪をじゃらじゃら付けていて、手の甲には棺の形をした入れ墨がある。
ただ顔はコートと対照的に白い。まるで精霊のように美しい顔だった。
私は完全に気圧されていた。
え、ここお見合いの場ですよね……? 問題児ばかりを集めた魔法学園の入学試験会場とかじゃなくて。
どう見ても、これから縁談の相手と顔合わせするタイプの服ではなさそうだ。成程、噂に違わぬ奇人らしい。
しかしこんなことで動揺してはいられない。
「は、始めました。いえ、初めまして。今日はお招きいただきありがとうございます。シャーロット・グラスプールと申します」
私は順調に噛みながらあいさつした。うん、終わった。
その時、魔術師風の彼が立ち上がる。スラリと背が高い。
「ほう、汝が――」
聞き惚れそうな低い声で言う。
「汝」なんて大仰な言葉で呼ばれたのは生まれて初めてである。
そして彼は右手で顔を覆い、左手でコートをバサーと広げながら言った。いや、叫んだ。
「吾は誇り高きギラの戦士にして第十三式闇魔法【棺流】の正統後継者、クロウ・シックスフィートなり。よくぞここまで辿り着いたな、我が半身よ!」
……。
…………。
んぇ?
重たい沈黙に晒される。
クロウ氏は片手を広げたまま、微動だにしない。え、帰って良い?
私はあれだけ「絶対に縁談を成功させる」と息巻いていたはずなのに、目の前で繰り広げられる奇行に秒で心が揺れていた。
「『よく来てくださいました』と主は申しております」
声の方を見て私は「あっ」と声を出していた。
執事風の男性が居たのだ。あまりにシックスフィート侯爵のキャラがぶっ濃すぎて、居ることに気付かなかったが、ソファーの直ぐ横に立っていた。
「アントニーと申します」
私の視線に気付いたのか、執事さんは言葉と同時にお辞儀した。
直後、再びシックスフィート侯爵の声がした。
「さあ、その身を預けよ。陰と陽をつかさどりし、双角の獣に抱かれるが良い……」
だから何言ってるか分かんないよ! 双角の獣……? もしかして何かの暗号? 私が婚約者としてふさわしいか、試されているの?
戸惑っていると、再び執事さんが口を開いた。
「主は『どうぞ、ソファーに座って下さい』と申しております」
分かるかぁい!!
何をどう解釈したら陰と陽をつかさどりし双角の獣がソファーになるのよ。……あ、もしかして牛皮のこと?
分かるかぁい!!
そして一連のやり取りから、隣に控えている執事さんが、。クロウ氏の呪文のような言葉を訳してくれる通訳だと判明した。
それにしても初っ端から全速力で縁談全敗の原因をこれでもかと見せつけてくるクロウ氏。そりゃみんな逃げ出すよね。
だって色んな意味で意味が分からないもん。怖いもん。
「美しい」
クロウ氏は私の顔を見て、つぶやくように言った。彼の美貌と相まってドキリとする。
「そなたはまるで闇の神、クロッソスド・ポロハンゴエルバーロッコホンの妻、フヴァールボグルンカポアースハンバルックボゴゴンのようだ」
神様の名前が奇天烈すぎて、褒められてるのか罵倒されてるのか分からない。
「主は『あなたは冥界一の女神ほど美しい』と仰っています」
あ、褒められていた。良かった……。まあ社交辞令だろうけれど。
「ありがとうございます。私も、クロウ様ほどの美丈夫に出会ったことがございませんわ」
するとクロウ氏は右手で顔を覆い
「ククク……」
と笑った。アントニーさんがすかさず通訳する。
「主は『お褒めにあずかり光栄です。あなたのような素敵な令嬢に褒められて嬉しい。今日一日、とても良い気分で過ごせそうです』と仰っております」
さっきの短い笑いにそんな長い意味が込められていたの!?
「――問う。貴様はその生に何を望む」
今度は急に哲学の問答が始まった。
「主は『あなたの趣味は何ですか?』と仰っています」
そろそろ普通に喋れい。
「そうですね、私は読書が好きです」
「ほう……叡智の書架より、禁断の知識を紐解く儀式か……」
「違います」
私は一度咳払いをして聞き返す。
「クロウ様のご趣味は何でしょうか?」
「ふむ……」
クロウ氏は一度、顎に手を当てた。近くで見ると、手の甲の入れ墨が棺の形をしていることがはっきり分かる。
「幾多の死体の山を築きし、地獄の番と……共に世を統べるのだ」
日常的に何をしている方なの???
「『趣味というほどのものではありませんが、私は小型犬を一匹飼っていて、散歩に行くのが好きです』と仰っています」
死体を築く地獄の番てどんな小型犬だよ。それ何らかのビーストだろ。
「あ、あの、私も犬好きなんです。どんな犬なんですか?」
「ほう、そんなに見たいか。ではとくと見るが良い」
「あ、いや見たいとは……」
クロウ氏は立ち上がると広い場所に移動した。
目を閉じ、息をすっと吸う。
その瞬間。
空気が急速に冷えていく。
カッと目を開いた瞬間、クロウ氏は両手を広げて叫んだ。
「深淵の王なるものよ! 闇に落ちたる太陽の姫よ! 月の塔に住みし獣よ、出でよ! その姿を晒すのだ! 邪悪な力を示すのだ!」
クロウ氏の詠唱と同時に、足元にどす黒い、まるで怨念を秘めた髑髏のような魔法陣が浮かぶ。
ちょっと待って。この人何を召喚しようとしているの?! 犬を見せてくれるんじゃないの?
一体、どんな化け物が出てくるというのだ。
そしてクロウ氏が詠唱している間にアントニーさんはツカツカと歩いていき、扉を開けた。
そして一匹の小さな犬を抱えて戻ってきた。
チワワのように目がくりくりした、黒く、耳の垂れた可愛い子だ。
アントニーさんは何事も無かったかのように通訳する。
「主は『これがうちの犬です』と仰っています」
「え、それがさっきの詠唱の意味?! 非常に禍々しいバキバキな魔法陣とか出てましたけど、あれには何の意味が?!」
問いの答えは永遠に返ってこなかった。
クロウ氏は運ばれてきた犬を撫でながら言う。
「ククク……よく来たな、フヴァールボグルンカポアースハンバルックボゴゴン」
犬の名前長っ!
私も一通り、犬を撫でさせてもらった後、再び会話に戻る。
私はクロウ氏がカップを持つ手を見て、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「手の甲の、その入れ墨にはどんな意味があるのですか?」
紅茶を口に運ぼうとしていたクロウ氏の手が、ピタリと止まる。
そしてじっと私の顔を見つめる。
「呪いだ」
静かに言った。
場の空気があまりに澄み切って、冷たく感じるほどだ。その言葉は通訳されるまでもなく、明確な意味を持っていた。
「浄化を司り、吾が命を繋ぐ生命の泉……それを永久に失うことになる」
外は雲一つない快晴。それが、クロウ氏の顔に深い影を落としている。重苦しい空気の中、口を開いたのはアントニーさんだった。
「主は言っておられます。『この入れ墨があると銭湯に入れない』と」
後悔してる! この人、入れ墨入れたことをめちゃくちゃ後悔してる!
「えっと、じゃあその腕輪は何ですか? イカの輪切りとか?」
クロウさんは手で顔を覆い、笑い始めた。
「クハハハハ! 面白い、面白いぞ貴様!」
あなたの方が面白いですよ。
「ハッハッハハー!」
まだ笑っている。
「主が腕に着けているのは召喚の腕輪と言って、あれを通して様々な召喚獣を呼び出せるのです」
一向に笑いが収まらないクロウ氏に代わって、アントニーさんが答えてくれた。この人と会話した方が早いのでは。
「では私の方から、どんな召喚獣と契約しているのか説明させていただきます。主の右腕をご覧ください」
何らかのガイドのようである。
「上から冥界の最強戦士ネス。ネスと契約を交わせたのは、世界で我が主ただ一人です。その次が古代の殺戮兵化獣アインボルテス。この世のすべてを滅ぼすほどの力があります。で、その次が冥界の税理士試験三浪中の山田丈。豆腐が主食です」
「待って。何かめちゃくちゃ人間っぽいの混じってません?」
「確かに山田は落ちても落ちても夢をあきらめきれない、人間臭い召喚獣ではあります」
「人間でしかないじゃないですか」
そして何のために山田さんと召喚の契りをかわしたのかめっちゃ気になる。
「で、次がピザ・ド・マックス冥界店のスタッフ、グルータス」
「もう召喚獣をピザのデリバリーに使おうとしてるじゃないですか!」
「その次が冥界の温泉宿、ホッカホカポッポー亭」
「温泉宿自体を召喚しようとしてる!」
ここまで来て、だいぶ疲れが溜まってきた。
いつもやらないツッコミをしたのもそうだし、何を言っているのか全く分からなくて変に脳みそを使っている気がする。
「ハッハッハー!」
そしてクロウ氏はまだ奇妙な声で笑っている。が、急にすん、となった。
「吾が事象は森羅万象遍く秘めておる。さあ、次は貴様の番だ……」
切り替え早っ。
「主は『もっとあなたのことを知りたいです』と仰っています」
私は一度、基本に立ち返ることにした。
これまで多くの令嬢たちがこのテンションに合わせられず、退場していった。けれど私は退くわけにはいかない。確かにクロウ氏は何を言っているか全く分からないし、奇行は想像を絶していた。
ただ、思ったより悪い人ではない気がするのだ。というか、気を使ってくれる優しい面もある。
恥ずかしいけれど、彼に合わせてみようと思った。
「ほう、そんなに妾のことが気になるか?」
私は扇子で口を隠しながら、不敵に笑って見せた。クロウ氏は黙ったまま、浅く頷いた。
「良いだろう! とくと聞くが良い。妾の名はシャーロット・グラスプール 。生を憎み、深淵を彷徨う亡者のなれの果て。なれどこの場に望むからには、宿命を完遂してみせる。闇の契約を今、交わさん!」
私は立ち上がり、言った。
めっちゃ恥ずかしくて、顔が熱を持っているのが分かる。
「ククク……」
クロウ氏は一度頷いた後、アントニーさんの方を見て、言った。
「訳してくれ」
いやリスニングは出来ないんかい!! あれだけ謎の言語を喋っておきながら!
「シャーロット様は『この場を用意して下さったことを感謝しております。不束者ではありますが、これからよろしくお願いします』と仰っております」
その通りだけどアントニーさんは一体何者なの!
「シャーロットよ」
不意にクロウ氏が私の名前を呼んだ。先ほどまでの不敵な笑みは消え、ただ真剣さがそこにあった。
「吾は闇の盟主。此岸と冥界の狭間にて、ただ唯一無二。常人の及ばぬ領域にありて、降りかかる業火を、耐えられるか? 貴様は光の中にありて未知の領域を持つ者。されど光と闇は交わらぬ。故に寄るところは汝の聖杯。さあ、魂に委ねよ……」
こやつ、またギアを上げてきよった……!
何を言っているか全く分からねえぜ……!
「主は『世間的に見れば、私は凄まじい変人です。この性質は変えようと思って努力しても、変えられませんでした。私と居れば不自由することも多い。馬鹿にされることもあると思います。私は個人的にあなたのことをもっと知りたいと思っていますが、嫌ならここで断って頂いて一向に構いません。あなたは素晴らしい人。あなたの人生を最も大切にして欲しいからです』と仰っています」
めちゃくちゃまともなこと言ってた!! 喋り方とモラルの乖離がすごい。
私としては手ごたえをあまり感じなかったのだけれど、その言葉通りに受け取るのならば、クロウ氏は少しは私を気に入ってくれたらしい。
「私からも口添えをさせて頂きます」
アントニーさんが言う。
「ここまで主のテンションに付き合ってくださったのはシャーロット様が初めてです。あなたのような心根の優しい素敵な方に出会えて、主は嬉しくて嬉しくて、ちょっとはしゃいでおられるのです」
「アントニー、その口を閉じろ――」
クロウ氏の声は固い。
「主は『恥ずかしいからそんなこと言わないで下さい。きゃっ』と言っています」
いや多分あなた直球で怒られてますよ。
「それから」アントニーさんは続ける。
「主は片面では賞賛を受けながらも、片面では非常に孤独に過ごされてきました。貴族の集まりでは浮きに浮きまくり、縁談においては知っての通り連敗続きです」
その時、私はクロウ氏の真剣な眼差しの中に、悲しみの色を見た。
彼は先の大戦で優秀な戦果を挙げた英雄。けれど私生活においては、その独特過ぎる喋り方とテンションのせいで、どの令嬢たちからもお断りされてきたのだ。
何も上手に出来ず、家族からも友達からも見下され、距離を取られてきた私なんかが共感して良いのか分からない。けれど少なからず、孤独感を感じることは同じだ。
私としても、こんなに自分を認めてくれたのはクロウ氏が初めてだ。
私たちはどちらもはみ出し者。はみ出し者同士、肩を寄せ合うことは、決して悪いことではないはずだ。
「孤独は、辛いですよね」
私は誰に言うでもなく、呟いた。そしてしっかりクロウ氏の目を見る。
「私も孤独に生きてきました。けれど、孤独な人が二人集まれば、もう一人では無くなります。私ももっとクロウ様のことが知りたい。この縁談、前向きに進めて頂きたいと思っておりますわ」
クロウ氏は目を大きく開いた後、今までのニヒルな笑い方とは違う、少年のような笑みになった。暫く見つめ合った後、ゆっくり、言った。
「闇の契約を、交わそう」
差し出されたクロウ氏の手を私は取った。
「喜んで」
こうして、私と彼の交際が始まったのだった。
この後、本当に色んなことに巻き込まれることになるのだが、それはまた別の機会に話そうと思う。
おわり




