邂逅
そのまた翌日の夕方、サガは今日の仕事を終えて、酒場へと向かって大通りを歩いていた。
今夜はミートパイと豆のスープ以外も食べようか、などと考えながら、果実類を売っている屋台の前を通り過ぎた瞬間───。
「うわあぁぁーーー!?!?」
「───!?」
隣の屋台が突如、粉々に吹き飛んだ。
砕けた果物と、屋台だった木片が辺りに散乱し、店主は怪我はないようだが腰を抜かしてしまっていた。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。腰が抜けてしまって…何なんだこれは!」
サガの手を取って、店主は何とか立ち上がれたが、いきなりのことで酷く混乱しているようだった。
かくいうサガも混乱していた。
急なことだったのもそうだが、何よりも。
(なんで、今、ローグさんの気配…?昨日の噂…ブッ壊れる…)
周囲の野次馬からも、ボソボソと「もしかして最近噂の?」などと言う声が聞こえてくる。
騒ぎを聞き付けた兵士たちがやってきて、店主とサガは何が起こったのか聞かれた。
事情を聴いた兵士たちから「またか」と言う声が漏れたのを、サガは聞き逃さなかった。
すぐに解放されたので、後を兵士たちに任せ、サガは酒場へ夕食を摂りに行った。
それからおよそ三時間後、サガは宿屋ではなく、封鎖された山のすぐ近くの路地裏に居た。
潜入作戦である。
(あの現象と山の封鎖、確かに関係性を疑わずに居られない。もし関係があるなら、この山にあるのはあの現象の原因…そしてそれは、恐らくローグさんに関連するもの。行くしかない)
山は数日前とは違って、こんな時間でも、或いはこの時間だからこそか、目視可能な範囲だけでも十名もの兵士が警備にあたっていた。
(しかし多い…流石にこれだけの目を掻い潜って、静かに柵を越えて忍び込むのは骨が折れそうだな)
忍び込むタイミングを伺っていると、目線の先の柵が突如吹き飛んだ。
「また出たぞ!」
「誰も怪我はしてないな?」
「木材持ってこい!修理だ修理!」
(好機!)
周辺の兵士たちがそちらへ寄っていった隙に、姿勢を低くしつつ、素早く路地裏から飛び出し、一直線に柵へ近づく。
柵が目鼻の先まで来ると、前足で強く踏み込み、ほぼ垂直に柵よりも高く飛び上がった。
空中で一回転し、前方向へのエネルギーを足して、柵の向こう、山の側にスタッと着地した。
「ふぅ…」
緊張ではやった自分の心臓の音が聞こえる。
しかし本番はまだここから。山の中にも兵士が居るかも知れないので、用心しつつ、取り敢えず上へと歩き始めた。
流石に夜の山中は暗く、ものの数分で何度も木の根や小石に躓いて転びかけた。
(気配を探るとか、魔力を探知とか、そう言うの苦手なんだよな…でも、さっきからずっと、ほんのりと、ローグさんの気配を感じるような)
さらに上へと歩いていると、木々の間から、右前方にランプの灯りが見えた。
兵士かと警戒し、咄嗟にしゃがむ。
(不味いな…こっち来てるぞ)
運の悪いことに、気付かれたわけではなさそうだが、ランプを持つ者はサガが居る方向へと歩いてきていた。
サガはゆっくりと、気付かれないように左前方へと移動を開始する。
双方の直線距離が短くなってくると、サガの耳に男性と女性二人の話し声が少しづつ聞こえてきた。
声の主はランプを持つ者、いや、者たちである。
V字にすれ違い、サガが二人の背の側に回ると、振り返って様子を伺ってみた。
ランプを持っているのは男性の方で、大きいバッグを背負い、腰のベルトからは色々な物が吊り下げられていた。
サファリハットを被っていて、いかにも探検家といった出で立ちだった。
女性の方は赤と白の巫女装束に身を包んでいて、ランプの光に照らされて艶感の際立った黒の長髪を持ち、手には御払い棒を固く握り締めていた。
(恐らく探検家と巫女…?どういう組み合わせなんだ。まあ、関わらないに越したことはないか)
と思って一歩踏み出した矢先、太めな割に乾燥した枝を思いっきり踏み、パキッと小気味良い音を立ててしまった。
「そこ、誰か居るのか!」
(不味いバレた!逃げる?いやすぐに騒ぎになる。手出しは…したくない。対話…しかない。一か八か)
「待ってくれ、害意は無い。話をしたい」
両手を上げて何も持ってないことを示しつつ、二人の方に歩み寄っていく。
「そこで止まれ。何者だ。依頼を受けて調査に来た者じゃないな?」
対する二人は当然サガを警戒していて、一歩下がって距離を取った。
「依頼?…確かにそうだ。ただ、この山にあると思われるものとは縁があって、それで探しに来たんだ。二人のその、依頼って言うのも、それの調査なんだろう?」
探検家の警戒度はもうマックスのようで、サガの問いに答えようとはしなかった。
巫女の方は怯え気味で、探検家のさらに一歩後ろからサガを、恐る恐る覗くとも、睨むともとれない眼差しで見つめている。
場は両者間の緊張の中で完全に停止した。
そこへ暗闇からぬっと、黒が出てきた。
サガと二人の視線が、自然にそれへと流れていき、外せなくなった。
黒い。全身黒づくめのそれは突如として、音もなく現れ、えもいわれぬ威圧感と恐怖感で場を冷たく支配した。
黒装束の合間から辛うじて手足と、蒼白な目元が覗いていることから、人間であることだけはわかった。
その黒装束から、くぐもった声が発せられる。
「お前、こんなところで何をしている」




