出発
一夜明けて、日はまだ東の地平から昇ったばかりという時刻。
早起きな小鳥たちの囀りが森から聞こえてくる中、サガは目を覚ました。
慣れないベッドだったからか、昨夜眠る直前に感じていた疲労の割に熟睡できた感じがしない。
大きな欠伸が出ると同時に、寝転んだまま伸びをする。
両足を上げて、下ろす勢いで起き上がる。
ベッドから降りて立ち上がり、軽くベッドを整えると、ビンが起きているかわからないので、静かに扉を開いて部屋を出た。
右を見ると、昨夜は無かった、ビンが寝ていたのであろうベッドがあり、左の台所を見ると、昨日の夜のままだった。
外に居るのだろうか、ビンが見当たらないので立ち尽くしていると、前方の玄関の扉が開き、片手に矢を数本持ったビンが現れた。
「おっと、起こしちまったか?」
「いえ、ただ早起きしただけです。ビンさんは、こんな早くから猟の用意ですか?」
「ああ、昨日は何も獲れなかったからな。少し早めに出発しようかと思ってな。まあ丁度良かった。朝飯にするか。座ってな」
ビンはベッドの側に置いてあった、猟の用具一式のうちの矢筒に矢を入れ、台所に向かうと、火を起こして、蓋をしてあった昨日のスープの残りを温め直し始めた。
サガはやることは無さそうなので、言われた通り先に席についた。
「兄ちゃん、いつ頃出るつもりだい?」
「ご飯をいただいたら、すぐ出発しようと思ってます」
「だったら、森の出口まで送ろう。道なりに行けば出れるが、一応な」
「大丈夫ですよ、ビンさんも猟があるんですし」
「途中まででも見送るさ。どの道俺も森に入るのは少し歩いた後なんだから。よし、温まったぜ」
メニューは昨夜と全く同じ、スープとパンである。
「いただきます」
食べ終えて、皿を洗い終えると、それぞれ出発の準備を始めた。
ビンは猟の用具を身に付けていき、サガは昨日ビンに貰った革袋を持っただけだ。
(あっ、そう言えば、刀は大丈夫かな…目覚めたときは何一つ持ってなかったし、周りにも特に何も無かった筈…自室に置いてあるままなら良いんだけど)
サガには一本の大切な刀があるのだが、それも今は無い。
心配と心細さが沸き上がってきたが、それのために今から出発するんだ、と、気合いを入れ直して押さえ込む。
「準備、出来ました」
「よっし、行くか…と思ったんだが、そう言えば、地図を返さないとな。ちょっと寄ってって良いか?」
「勿論、構いません」
「よっし、そんじゃ今度こそ出発だ!」
昨日一度訪れて道筋は覚えているので、今度は横並びで道を進む。
道中、朝早くから畑仕事や水汲みをしている人たちが何人か居た。
「精が出るねぇ。バンパの爺さんも、隠居生活だけど朝早いからな。もう起きてる筈だ」
バンパの家の前に着くと、昨日と同じようにビンが扉を叩いてバンパを呼んだ。
「おはようビン。地図を返しに来てくれたのか。二人とも、もう出発かい?サガ殿、せめて見送りはさせてくれ」
「あら、お二人に村長さん、もしかしてもう出発っすか?」
「シルフさん。はい、一晩お世話になりました。この後もう出発です」
「あはは、俺は何もしてないっすよ~?今から丁度番の交代なので、俺も見送りますよ」
「ありがとうございます」
四人で雑談をしながら村の入り口へ向かっていると、見覚えのある老婆が横から歩いてくるのが見えた。巫女のミキだ。
「あ、ミキさん。昨日はどうも」
「やっぱりもう出発かい。珍しいものを見せて貰った礼だ。コイツを持っていきな」
「これは、お守り…ですか?」
「お、やったな。ミキ婆さんのお守りは効果絶大って評判なんだぜ?」
「占いもして貰ったのかい?」
「珍しいものって?」
「そう言うのはむやみやたらに聞くもんじゃないよ。しかし、あんたら全員見送りかい?ここで帰っちゃあたしが薄情に見えるじゃないか。仕方無いから付き合うよ」
「見送りまで、ありがとうございます。お守りも、大事にさせてもらいます」
「そうかい」
ミキを加えて、一同は再び歩き出す。
「しかし、ずいぶん見送りの人数が膨れ上がっちまったなぁ」
「もうすぐ出入り口につくっすよ」
昨日サガがシルフと握手を交わした場所まで戻ってきた。
シルフが立っていた場所には、別の人が槍をもって立っていた。
「交代っすよキズさん」
「大所帯でなんだと思ったら、昨日のお客さんがもう出発か」
「お世話になりました。とっても良い村でした」
「そう言って貰えると、村長としては嬉しいね」
「ビンさん、シルフさん、ミキさん、バンパさんに、キズさんも。ありがとうございました。泊めてくれた恩は必ず忘れません」
「俺はまだもうちょっと一緒だがな。んじゃ行くか」
「はい」
ビンとともに、四人に見送られつつ村を出る。
「皆さん、さようならー!」
振り返り、最後にもう一度別れの言葉を言う。
「元気でやるんすよー!」
「…あの坊主、一体どんな人生を歩むことになるんだろうね」
サガはビンとともに道なりに森の中を進んでいき、昨日ビンと共にこの道に出た辺りまで歩いてきた。
「さて、俺もこの辺りでお別れかね。忘れもんはねえな?気を付けて、元気でやるんだぞ!」
「はい!ビンさんも、お元気で!」
名残惜しく、お互い姿が見えなくなるまで手を振り続けながら別れた。
サガはビンの姿が見えなくなって、さらにもう少し歩いたところで足を止めた。
ストレッチを始めると、不意に走り出す姿勢に入る。
(身体能力までは衰えてないと良いんだけどな…それを頼りにしてのあの発言だったんだから…な!)
土煙が舞い、地面には強く踏み込まれた跡が残る。
サガは驚異的な速度で走り出した。
側を通過された草は風圧で揺らされ、葉が抜け落ちたものもあった。
木々が次々と視界の前方から後ろへと流れていく。
数十秒ほど走り続けると、早くも森の向こう側の景色が見えてきた。
その数秒後には、サガは勢いそのままに森を抜けていた。
それと同時に、木で遮られていただけの日光が飛び込んできて、サガは一瞬目が眩んだ。
しかしすぐに目は慣れ、前方の遠くを見やると、ビンが行っていた通り山がポツンと一つだけ見えた。
(あそこか!しかし良かった。地の筋力や体力は衰えてないらしい。一旦速度を落として…ジョギング程度で良いかな。これなら今日中に辿りつけそうだな)
サガはジョギング程度まで走る速度を落とし、道なりにその山へと向かって走り続けた。




