始まりの予兆
それから数分後、サガは音の主であった男に十二分に非礼を詫びた後、神がどうこう、力がどうこうといった部分は伏せ、目が覚めたらこんなところに、と、怪しさ満天ではあるが事情を話していた。
男は近くの村の猟師で、ビンと言う者だった。
「なるほど、ワケわかんねぇ話だな。東の辺境から、目が覚めたらこんなところに…嘘言ってるって感じでもないのがなぁ」
「あの、近くになるべく大きい町はありませんか?教えて下さったら、すぐそちらに消えますので」
「いやいや、そんな薄情なことはしねぇさ。ここらも大概辺鄙な場所だし、日もぼちぼち傾いてきてる。うちの村に来な。泊めてやっからよ」
「いや、そんな、大丈夫なんですか?俺みたいな怪しいよそ者を…」
「いいっていいって。兄ちゃんが悪い奴じゃねぇってのはなんとなくわかる。村のやつらも喜ぶからよ、な?」
「…それじゃあ、お言葉に甘えて」
そうしてビンに連れられ、サガは彼の村へと向かうこととなった。
数分草をかき分けつつ進むと、やや荒れ気味ではあるが道に出た。
そこから更に数分歩くと、もう村が見えてきた。
森を切り拓いて作られた村のようで、周囲は森。
木製の簡素な柵で囲まれており、入り口には槍を持った見張りが一人立っており、二人に気づくと声をかけてくる。
「お帰りなさいビンさん。いつもよりお早いようっすけど…隣の方は?」
「森に一人で居たもんでな。危ねぇんで連れてきた。俺ん家に一晩泊める」
「どうも、一晩お世話になります。サガと言います」
「へぇ、行商人以外で最後に客人がこの村に来たのはもういつだったか。歓迎しますよ、俺はシルフっす」
シルフと握手を交わした後、村の中へと進む。
まだそう遅い時間でもないので、家の外で仕事をしている村人たちが続々声をかけてくる。
「おにいちゃん、どっから来たの?」
「みんな!久しぶりの客人だぜ!」
「これ持っていきな。今朝家の裏で採ったばかりの山菜さ」
「なんもないとこだけどゆっくりしていきなよ」
「おいおいお前ら、困っちまってるぜ?あ、山菜はありがたく貰うぜ」
群がる村人たちをビンが引き離し、再び歩を進める。
「あの左にあるのが俺の家さ。隣は巫女の婆さんでな、偏屈なとこあるけど良い人だ。特に占いとお守りはすごくてな」
するとその家からちょうど、老婆が一人外へ出てきた。
「お、どうしたミキ婆さん」
「外が騒がしいから、何かと思って出てきたまでよ。しかし成る程、客人かい。道理で皆騒ぐわけだ」
「そうだミキ婆さん、コイツのことちょっと見てやってくれよ。目が覚めたら東の辺境からここへひとっ飛びってんで、なんか悪いものでもついてんじゃないか?」
「そんなヤツを連れてきたのかい?ったく…」
呆れた様子でミキは踵を返して家の中へ戻ろうとするが、直前にサガの顔をチラリと見ると、顔つきが変わり動きを止めた。
「気が変わった。こっちに来な」
「え、あの…」
「まあまあ、変なことにゃならねえよ」
ビンに背中を押され、ミキの家の中へと足を踏み入れる。
「そこに座りな。ビン、すぐ終わるからあんたは外で待ってな」
そう言って扉を閉じると、蝋燭を取り出して火をつけた。
何か混ぜてあるようで、不思議な香りが鼻腔をくすぐる。
「火を見つめながら自分のこれまでの人生を思い出し、これからの人生を思い浮かべな。そしたら自分で火を吹き消すんだ。火は過去と未来を、煙はあんたの…そうさな、気運とでも言おうか。それを示す」
「は、はい」
戸惑いつつも言われた通り、ゆらゆらと燃える火を見ながら、自分のこれまでを思い出し、これからを思い浮かべた。
(十一の時にあの人に拾われて、十七の頃、あの事件があってから、訳もわからず神の世界に連れられて…俺は、神の弟子になった。それからいっぱい修行した。いっぱい学んだ。そしてあれ以来、一層頑張るようになったけど…俺は、どこを目指してるんだろう。俺がなろうとしてる『神』って、どんなものなんだろう。そもそも神の弟子だって、なりたくてなった訳じゃない。元はただの人間だったんだ。神になった自分、あの人たちと同じ高さになった自分…ダメだ、想像つかないや。これ以上は無理だな。仕方ない、こんなので大丈夫かな?)
火を吹き消すと、煙が次第に部屋中に漂っていった。
神妙な面持ちで火と煙を見ていたミキが口を開く。
「過去の大半が空虚。未来に関しては漠然としてるね。未来はあまりしっかり考えなかったのもあるようだが過去は…あんた、記憶喪失かい?」
「えっ…えぇ、まあ」
確かにサガには十一歳より前の記憶が無かった。言い当てられて驚きの顔を浮かべる。
「フン、まあそれはいい。重要なのは煙が表していることさ。悪いものなんかついちゃいない。むしろ逆さ。世界があんたの味方をする。万事上手くいく、なんてモンじゃないが、絶対に死ぬことはない。とんでもないことだよあんた。この道数十年、これほど凄まじい結果は始めてさ。ただ同時に、大いなる出来事の渦中に巻き込まれる予兆も出てる。精々気を付けるんだね」
「はあ…」
「ほら、占いは終わりさ。アホヅラ晒してないでさっさと行きな」
「あ、はい、ありがとうございました…?」
なんだかよくわからないままに占いは終わり、家から追い出されたサガを、外で待ってたビンが迎える。
「よう、どうだった、占いはよ?」
「悪いものとかはついてないらしいですけど、世界が味方とか、大いなる出来事とか、なんかすごい話を聞かされて…」
「へぇ、なんか凄そうじゃねぇか。ま、そりゃ置いといて、そろそろ家に入るか。メシの支度もまだだしな」




