目覚め
見渡す限りに木々や草花が茂る森。
その一角で、サガは一人地面に伏していた。
木々の合間を吹き抜けた風に頬を撫でられると、意識は急速に浮上した。
瞼が開かれるが、眩い木漏れ日が滲み、視界が上手く定まらない。
起き上がろうとするが、遅れてやってきた頭痛と体の重さに邪魔された。
目覚めてすぐだからというのもあろうが、力もイマイチ入らない。
しかし、それでも何とか起き上がる。
表皮に食い込んだ砂利の痛みで、意識が叩き起こされていく。
意識と視界がクリアになってきて、辺りを見回してようやく、サガは自身がどこにいるのかに気づいた。
「どこ…だ…この森…」
気づいた、と言っても、その森自体に見覚えはなかった。
だが、彼の中ではこの状況はそう切迫したものではなかった。
どうして目が覚めたらこんなところに居たのかは甚だ疑問だが、それはそれとして、幸い彼の知る限り、彼の住処の周辺には、そう広大な森はない。
魔力を用い空高く飛び上がれば、見覚えのある建物の一つくらい見えるはずだ。
意識を集中し、体内で魔力を循環させ、次第に全身が浮遊感に包まれ───なかった。
「え…?」
予想外の事態に軽い混乱に陥り、思わず声が漏れる。
感覚としては、以前は当たり前にできたことが、やり方ごとごっそり抜け落ちたような感覚だった。
(寝起きで調子が、とかじゃないよな…ていうか、体から魔力が消えてる⁉減ったんじゃない、消えてる…何でこんな──いや、まさか。でも、それ以外には…)
加速する混乱の中、一つの可能性に思い至る。
神の弟子であるサガもその身に宿す神の力『権能』。
それを行使してみる──が、できなかった。
元々そんな力はその身に無かったかのように、何の反応もしなかった。
平静を保とうとしていたが、鼓動ははやり、背中にはじんわりと嫌な汗が滲んでいた。
(そんな…権能が、使えない───いや、無くなってる…のか?なんで、こんな、ありえない…そうだ『天性』はどうだ?)
サガが持つもう一つの異能、天性。
爪に魔力を流し、思うままに変形させる『操爪』───これは可能であった。
(やった!でも、やっぱり権能を失ったせいか。前より格段に弱くなってる)
元は本当に爪を少し変形できる程度だったものを、鍛錬を積み、爪を硬化させる術を覚え、更にはプレートアーマーを形成できるほどにまでに成長させたのだが、そこまでの変形はできそうになかった。
地面に座りなおし、いったん落ち着くべく深く息を吸って、吐いた。
(しかし、じゃあこの後どうするか…あの人たちなら、このまま待ってればすぐに見つけ出してくれそうだけど…いや、ダメだ。それは甘えだ。切り捨てろ。そもそも、一体どれくらい気絶してたのかはわからないけど、あの人たちならとっくに見つけてる筈。あれで本気は化け物じみた人たちだし)
常に最悪を想定しろ──サガがゼルからよく言われていたことだった。
(この場合の最悪は、俺は今あの人たちでも救出しにくいような場所にいる、或いは向こうが動きにくい状況…違うな。最悪は──あの人たちの身にも何かあって動けない。これだ。到底あり得ないけど、だからこそもし本当にそうなら最悪だ。そしたら、やっぱり周辺の調査にでも行くべきか)
自分の中で結論を固め、再度立ち上がる──その瞬間、少し先の茂みからガサガサと、何かが動いた音がした。
サガは咄嗟にかがんで、生い茂る草の隙間からその茂みのあたりを注視する。
果たして人か、獣か、それ以外か。もしモンスターの類がここに存在するなら、不味い状況だ。
こっそり退けるほどの距離でもなく、なにより未だ姿は見えない音の主は、サガの方に少しずつ近づいているようだった。
サガは爪を鋭い刃物のように変形させ、万一のことに備える。
(こうなったら、相手が何であれ間合いに入ったら先手で行くか…)
人なら謝って対話を試み、その他なら敵意やパッと見の危険度のあるなしでどうするか決めることにした。
音の主がサガの間合いに入るまであと三、二、一───草が割れ、露わになった姿を確認するより先に飛び掛かり制圧する。
「うわあぁぁぁ!?は、放せぇ!」
男の悲鳴が森の片隅で木霊した。




