原点崩壊 -①-
「重い…よくも…よくもこんな…!」
両腕いっぱいに荷物をぶら下げ、青年が一人、道を歩いていた。
黒曜石のごとく深い黒髪と瞳を持ち、端正な顔つきをしているが、その顔は今、疲労に染まり、口からは恨みつらみの言葉が延々と垂れ流されていた。
恨み節の矛先は、彼一人に買い物を頼んだ、もといパシらせた者に向けられていた。
「何がこれも修練の内だ、だよ…五人分の買い物を一人に押し付けるとか…なんであんな人の弟子になんかなっちゃったんだ俺…」
だがこんな思いもあとちょっとである。
角を曲がり、目線を上げると、小高い丘の上にそびえる、彼が住んでいる豪邸が見えた。奥の空には、これまた敷地である空中庭園が浮遊してるのも見える。
と言ってもそれらは彼の師匠のものであり、彼はそこに住まわせてもらっているのだ。
気合を入れなおし、ペースを上げてに丘を登って行く。
やがて家の前に到着すると、まず門を足で蹴って開き、玄関の扉を叩きつつ中の者を大声で呼ぶ。
「買ってきましたよー!だれか開けてください!手が塞がってるんです!」
「はいはい今行く」
気だるげな声が返ってくると、中から足音が聞こえてくる。
扉の向こうで足音が止まると、ガチャリと鍵が外れる音がし、中から扉が押し飛ばされるようにして少し開かれる。
すかさず隙間に足を入れ込み、その足で扉を開き、再び閉じる前にサッと潜り込み、家の中に入った。
ようやく帰ってこれて、大きく息を吐いてリラックスする。
「遅いぞサガ。お前が買い出しに行ってる間に菓子はさらに三袋無くなった」
「こんだけの量をパシらせといて、開口一番がそれですか…あと流石に食べすぎです」
そう言って顔を上げた先に佇んでいたのは、この家の主、サガの師匠、パシらせの張本人、ゼル・リューズだった。
サガと同様の深い黒髪と、吸い込まれそうな深い紫の瞳を持ち、その顔は精緻な作り物のように整っている。上背もサガより少しある。
「栄養とかカロリーの心配をしなくていいからって、そんなに食べてると心のほうに良くないです。まさか酒まで飲んでないでしょうね」
「こんな真昼間から飲んでるようのはヴェルデーだけだ。いつからお前はそんなオカンみたいな…待てナチュラルに荷物を置いていくな押し付ける気だな貴様」
足が床から現れた黒い触手のようなものに絡めとられる。
サガも扱えるのだが、ゼルの能力によるものだった。
だが別に本気の拘束ではなかったので、あっさり切断して抜け出し、因果応報だ、とゼルに荷物を託し、サガはそそくさとリビングへ向かった。
しかし、そこでもサガは顔を歪めることとなった。
机の上にはいくつものお菓子と酒が置かれ、お菓子の空き箱、空き袋に酒の空き瓶、更には娯楽の物品がソファと床に散乱している。
「あ、おかえりー!甘いやつ買い足してきてくれた?」
リビング入り口で佇むサガに最初に気づいた、金色の髪と瞳を持つ溌溂とした女の子、ミエラが声をかけてくる。
「まさかまだ食べるつもりなんですか?もう四袋は空けたでしょう?」
「もう七袋だよサガ君。玄関でゼルが言っていただろう?もう三袋空いたって」
サガの言葉に訂正を入れたのは、黄緑の長髪に良く映える赤い瞳を持った、中性的な顔立ちの男、リンデだ。
彼自身もそう言いつつ、すでに開封された八袋目のお菓子をつまんでいる。
その隣では濃い緑の瞳した茶髪の女性、ロマヌスもポリポリとお菓子を食べており、その向かい側では陽光のごとき橙色の瞳を持ち、無精髭を生やした黒髪の男、ヴェルデーが四本目の酒瓶を呷っていた。
全員ゼルの旧友であり、よく家に上がり込んできてはこんなことになる。
いつものことながらの惨状に立ち尽くしていると、荷物の整理を終えたらしいゼルが一切の音もなくサガの横を通り、サガは少し驚かされる。
「何ビビってんだ。気配で気付け、気配で」
そう言ってゼルはサガを尻目にソファに寝転んで床に落ちていた漫画を手に取る。
「おい、いつまでそんなとこに突っ立ってる。こんな状況いつものことだろうに」
至極呆れた顔と声で、サガはここに来てから幾度となく思ったことを口に出す。
「…ホントに、未だに信じられない…というか信じたくないです。これが…こんなのが、神たちの姿なんて」




