全ステータス1で聖騎士団を追放された俺、なぜか終焉の魔竜に降参されてしまう
「アルス。君を救う術は、もうない」
聖騎士ガイルの声が、冷え切った大聖堂に響いた。
ステータス判定水晶に浮かび上がった数字は、全項目が『1』。神の加護を証明するはずのその石は、青年が触れた瞬間に濁り、ただの石ころのように沈黙した。
「全ステータスが1……。これは神に見捨てられた者の数字だ。歩く死体を引き連れる余裕は、我々にはない」
ガイルが背を向ける。鏡面のように磨かれた彼の背甲には、絶望に顔を歪ませ、情けなく膝を震わせるアルスの姿が映り込んでいた。
「あ、あ……待って、くれ……」
アルスは必死に手を伸ばした。だが、指先が触れる前に、ガイルは汚物を見るような目で一歩下がった。
その一歩が、数百年間誰にも気づかれずに埋もれていた地雷型の古代魔導器を踏み抜いたのは、果たして偶然か。
「――カチリ」
乾いた音の直後、大聖堂の床が爆ぜた。
轟音と共に聖騎士一行が爆風の彼方へ消え去り、瓦礫の山が築かれる。
アルスはあまりの衝撃に腰を抜かし、涙目で虚空を掴んだまま、ただ呆然と立ち尽くしていた。
這うようにして街を逃げ出し、辿り着いたのは人類未踏の『忘却の森』だった。
巨木がひしめく暗がりの奥、山のような巨躯が鎌首をもたげる。数千年の眠りから覚めたばかりの『終焉の魔竜』。その吐息一つで、周囲の草木が黒く焼け焦げた。
「…………っ」
アルスは極限の恐怖により、脳が思考を止めた。
逃げることすら忘れ、ただ棒立ちになる。歯の根が合わず、「ガチガチ」という凄まじい振動が全身を駆け抜ける。
魔竜は、その悠久の時の中で初めて、本能的な戦慄を覚えた。
目の前の人間は、王者の余裕か、武器すら構えず急所を晒している。それどころか、その全身から放たれる『超振動の魔力波』は、大気を物理的に削り取り、空間そのものを歪めているではないか。
(な、なんだこのプレッシャーは……! 呼吸一つで世界の理をねじ伏せているというのか!?)
アルスは震える喉から、掠れた命乞いを絞り出した。
「た、たす……けて……」
極限の緊張でひっくり返ったその声は、森の静寂の中で奇跡的な反響を起こした。重なり合った音は、魔竜の耳には古代神霊語の『屠し……消え去れ……』という、冷徹な断罪の響きとなって届いた。
「……降参だ。我が命、貴公に捧げよう」
地響きと共に、魔竜がその巨大な頭を青年の足元に深く沈めた。
アルスは、急に巨大なトカゲが土下座し始めたショックで、ただ意識が遠のくのを感じていた。
数日後。アルスは魔竜の背に乗せられ、街へと連れ戻された。
正門の前では、奇跡的に生き延びたものの、全身に包帯を巻いたガイルたちが、増援の兵士を連れて待ち構えていた。
「アルス! 貴様、魔導器を細工して我々を陥れたな! その罪、万死に値す――」
ガイルが憎悪に満ちた目で剣を振り上げた瞬間。
頭上の枯れ枝から、冬眠し損ねた一匹の毒蛇が落下した。それはガイルの首筋を的確に噛み抜き、彼は声も出せずに崩れ落ちる。
「…………え?」
アルスは驚愕で目を見開いた。だが、周囲の群衆には、冷徹な支配者が一瞥すら与えず、運命の糸を断ち切ったようにしか見えなかった。
その時、青年が踏み出した場所の石畳から、長年枯れていたはずの聖水が噴き出した。老朽化した地下の水道管が、魔竜の巨体による振動で破裂しただけだ。しかし、同時に雲が割れ、黄金の陽光が背後から差し込んだ。
「……奇跡だ。魔竜を従え、聖水を呼び、天をも操る……」
「彼こそが、真の救世主……」
祈るような声が波のように広がっていく。
眩しさに目を細め、差し込む光に手をかざす青年の仕草さえも、天の理を掌握する儀式として、人々の目に焼き付いていく。
「道を開けよ! 真の賢者、アルス様のお通りである!」
王城から駆けつけた近衛騎士団が、一斉に膝を突く。
アルスは震える足で、処刑台へ向かうような重い足取りで用意された馬車へと乗り込んだ。
沿道を埋め尽くす民衆からの地を揺らすような歓声が、彼の耳には破滅へのカウントダウンのように聞こえていた。
本人の意思など、もう、どこにも存在しなかった。
ご都合主義LV.max




