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EP9 ケジメ

夕暮れのグラウンドは、まだ昼の熱を抱えていた。


練習を終えた部員たちは、思い思いに片付けをしている。

笑い声も混じっているが、どこか疲労の色が濃い。


蓮だけが、ベンチに残っていた。


手にしていたノートを閉じる。


相手チームのフォーメーション。

癖のある選手の動き。

後半に集中力を落としやすい選手の名前。


これまで、当たり前のように書き留めてきたものだ。


「……やっぱ、分かりやすいっすね」


声をかけてきたのは、一年のレギュラーだった。


「昨日の説明、あれなかったら多分やられてました」


「俺もそう思う」


「相手の右サイド、完全に潰せましたし」


次々と集まる声。


感謝に近い言葉。

だが、それが蓮の胸を、わずかに締めつけた。


――俺は、選手なのか。

――それとも、もう半分、マネージャーなのか。


「おい」


低い声が、空気を切った。


王堂だった。


腕を組み、苛立ちを隠そうともせずに立っている。


「また勝手に分析か?」


その一言で、グラウンドの空気が張りつめる。


部員たちは互いに視線を交わし、誰もすぐには口を開かなかった。

蓮の方を見る者もいれば、視線を逸らす者もいる。


この話題が、簡単には触れられないものだと、全員が知っていた。


「勝手じゃない」


蓮は立ち上がった。


「監督にも共有してる。チームのためだろ」


「だから気に入らねえんだよ」


王堂は吐き捨てるように言った。


「お前がいると、全部“正解”になる」


一瞬、音が消えた。


「俺が部長なのに、指示は全部お前経由だ」


歪んだ笑み。


「選手も、お前の顔色ばっか見てる」


何人かが反論しかける。


「王堂、それは――」


「黙ってろ」


王堂は、視線を蓮から外さない。


一歩、距離を詰める。


「なあ、蓮」


挑発するような声。


「結局、お前が一番“上”に立ちたいだけだろ?」


蓮は、すぐには答えなかった。


少しだけ、視線を落とす。


そして、静かに言った。


「違う」


声は、不思議なほど落ち着いていた。


「勝ちたいだけだ」


王堂の眉が、わずかに動く。


「このチームで、勝ちたかった。それだけだ」


言い訳でも、弁明でもない。

ただの事実だった。


「……だった、か」


王堂は小さく笑う。


「じゃあ、もういいな」


その瞬間、別の声が割って入った。


「待て」


監督だった。


いつの間にか、背後に立っている。


「如月」


低く、重い声。


「辞めるつもりか」


蓮は、監督を見た。


「……はい」


はっきりと答える。


「副キャプテンも、降ります」


どよめきが走る。


「理由は?」


「俺がいると、チームが歪む」


王堂の視線が鋭くなる。


「それに」


蓮は続けた。


「俺は、選手としても中途半端になってる」


監督は、しばらく黙っていた。


「お前が分析してたことは、全部知ってる」


その一言に、蓮は目を見開く。


「相手の弱点。交代のタイミング。全部だ」


「……」


「正直に言う」


監督は言った。


「お前がいなきゃ、ここまで勝ててない」


グラウンドが静まり返る。


「だから止めたい」


まっすぐな目。


「お前は、チームに必要だ」


胸の奥が、揺れた。


それでも――


蓮は、一歩だけ下がる。


「それでもです」


頭を下げた。


「今のまま残るのは、逃げだと思う」


顔を上げる。


「俺は、ここでやるべきことをやり切りました」


一年生が、震える声で言った。


「……先輩、俺たち」


別の部員も続く。


「蓮さんがいたから、楽しかった」


「サッカー、好きになれました」


その言葉に、胸が詰まる。


「ありがとう」


蓮は、微笑んだ。


「だからこそ、ちゃんと終わらせたい」


王堂は、黙ったまま視線を逸らす。


そこには、勝者の顔も、余裕もなかった。


――奪ったはずなのに、満たされない。


残ったのは、その歪みだけだ。


蓮は、最後に一礼する。


「今まで、ありがとうございました」


グラウンドを離れる背中に、誰も声をかけられなかった。


だが。


その背中は、逃げてはいなかった。


副キャプテンの役目は、

勝つことだけじゃない。


――終わらせることも、責任だ。


蓮は、静かに歩き出す。


次に向かう場所を、もう決めて。

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