EP4 ターニングポイント
すみません、投稿が遅れてしまいました。
翌日から、紬はどこか落ち着きがなかった。
昼休みも、放課後も、視線は無意識のうちに教室の後ろ――蓮の席へ向かってしまう。
けれど、目が合うことはなかった。
以前なら、少し視線を向けるだけで気づいていたはずの蓮は、今はまるで自分を避けるように、別の場所を見ている。
胸の奥が、じわじわと不安に侵食されていく。
そして放課後。
蓮が一人で教室を出ていくのを見て、紬は衝動的に立ち上がった。
「……蓮!」
廊下に響いた自分の声に、少し驚く。
蓮は足を止め、振り返った。
その表情は穏やかだった。けれど――どこか距離がある。
「話、あるんだけど」
「……うん」
短い返事。
校舎の隅、人目の少ない場所で向かい合う。
少し沈黙してから、紬が口を開いた。
「最近さ……私のこと、避けてるよね」
思っていたより、声が震えた。
「何か、私した?」
蓮はすぐには答えなかった。
その沈黙が、紬の胸を締めつける。
「……前みたいに話してくれないし、目も合わせてくれないし」
言葉を探しながら、続ける。
「理由、分からなくて……」
ようやく、蓮が口を開いた。
「……分からないままで、話しかけてきたんだ」
「え?」
その一言に、胸がざわつく。
蓮は視線を逸らし、淡々と言った。
「一昨日の放課後。校舎裏」
――校舎裏。
心臓が、強く脈打つ。
「紬と、王堂が話してた」
その瞬間、紬の中で何かが繋がった。
血の気が、すっと引いていく。
「……まさか」
小さく呟く。
「聞いてたよ」
蓮の声は、静かだった。
「最初から、全部」
言葉が、出なかった。
あの時、誰もいないと思っていた。
軽い気持ちで、冗談のつもりで――
「……ごめん」
やっとの思いで、声を絞り出す。
「本当に、そんなつもりじゃなかった」
指先が、かすかに震える。
「蓮のこと、馬鹿にしたわけじゃ……」
「分かってる」
被せるように、蓮が言った。
その優しさが、逆に胸を締めつけた。
「でもさ」
蓮は遠くを見る。
「俺、あの時初めて気づいたんだ」
「……何に?」
「ずっと、紬の背中だけを見てたって」
淡々とした声。
責めるでも、怒るでもない。
「追いつくことしか考えてなかった。隣に立つことも、ちゃんと向き合うことも、してなかった」
紬の喉が、詰まる。
「だから……もういいんだ」
その意味を理解した瞬間、胸の奥が痛んだ。
目の前にいるのに。
話しているのに。
――見られていない。
蓮の視線は、自分を通り越して、もっと先を向いていた。
「待って……」
思わず伸ばした手は、宙を掴む。
「蓮、私――」
「じゃあ」
蓮はそれ以上、言葉を聞こうとせず、軽く頭を下げた。
「今まで、ありがとう」
それは、確かな別れの言葉だった。
廊下に一人残された紬は、その場に立ち尽くす。
胸の奥に広がるのは、後悔と、遅すぎた気づき。
――あの時、軽く口にした言葉が、どれほど大切なものを壊してしまったのか。
今になって、ようやく理解していた。
――翌日。
教室では、いつものように信が蓮の机に肘をついていた。
「なあ蓮。最近、お前なんか雰囲気変わったよな」
「そうか?」
「うん。なんていうか……前より前向いてる感じ」
信は笑いながら言う。
「いいことあった?」
蓮は少し考えてから、首を横に振った。
「悪いことも、あったよ」
「そっか」
それ以上、深くは聞かない。
そのとき。
教室の扉が、静かに開いた。
ざわり、と空気が変わる。
「……生徒会長?」
「九条先輩だ」
視線の先に立っていたのは、九条雅だった。
整った立ち姿と、落ち着いた表情。教室全体を一瞬で静かにさせる存在感。
九条はまっすぐ、蓮のもとへ歩いてくる。
「如月蓮くん」
「……はい」
周囲の視線が、一斉に集まる。
「放課後、少し時間もらえる?」
ざわめきが広がる中、九条は穏やかに続けた。
「生徒会に、来ない?」
「……生徒会?」
え、マジで!?」
思わず声を上げたのは信だった。
教室中の視線が一斉に集まる中、蓮は言葉を失っていた。
生徒会。
九条雅。
自分。
頭の中で、それらがうまく結びつかない。
「……あの」
しばらくして、蓮はようやく口を開いた。
「なんで、俺なんですか?」
教室が、しんと静まり返る。
九条は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、それから小さく微笑んだ。
「いい質問」
そう言って、腕を組む。
「成績だけなら、あなた以上の人はいる。要領のいい人も、自己主張が上手い人もね」
蒼い瞳が、まっすぐ蓮を捉える。
「でも、あなたは違う」
九条は静かに続けた。
「比べられる場所まで来るために、ちゃんと努力してきた人。評価されなくても、簡単に投げ出さなかった人」
一拍置いて、
「そういう人は、生徒会に必要」
蓮は思わず息をのむ。
「……俺なんかが、役に立ちますか」
弱気な言葉が、ぽつりとこぼれた。
九条は即答した。
「立つよ」
迷いのない声だった。
「だから、誘ってる」
教室のざわめきが、少しずつ戻ってくる。
蓮は視線を落とし、握った拳を見つめた。
追いかけるために走ってきた日々。
傷ついた言葉。
それでも、止まらなかった時間。
「……少し、考えてもいいですか」
そう言うと、九条は満足そうに頷いた。
「もちろん」
そして、去り際に一言。
「放課後、生徒会室で待ってる」
扉が閉まり、教室に残された空気が、ゆっくりと動き出す。
信が、肘でつついてきた。
「なあ蓮……人生、動き出してね?」
蓮は小さく息を吐き、窓の外を見た。
まだ、答えは出ていない。
それでも――
確かに、新しい選択肢が、そこにあった。
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