EP3 理由
放課後。
チャイムが鳴ると同時に、信が勢いよく立ち上がった。
「なあ蓮、今日ヒマだろ? ゲーセン行こうぜ」
いつもの調子だった。昨日までなら、何も考えずに頷いていたはずだ。
けれど蓮は、鞄を肩にかけながら首を横に振った。
「今日は……やめとく」
「え、珍し。どうした?」
「ちょっと、行きたい場所があって」
それだけ言って教室を出ると、信は「ふーん?」と意味ありげな声を上げたが、追ってはこなかった。
向かう先は、自然と決まっていた。
昨日と同じ、校舎裏。
夕方の風が、少し冷たい。コンクリートの壁、錆びた配管、人気のない空間。何も変わっていないはずなのに、胸の奥だけが妙に落ち着かなかった。
「……来るわけないよな」
自分でも、何を期待しているのか分からないまま、壁にもたれかかる。
そのとき――
「ちゃんと来たんだ」
背後から、落ち着いた声がした。
驚いて振り返ると、そこにいたのは九条雅だった。
昨日と同じ制服、同じ蒼い瞳。ただ、今日は夕焼けではなく、柔らかな西日の中に立っている。
「九条……先輩」
「流石に名前バレちゃったかぁ、、、」
冗談めかして笑い、隣に並ぶ。
蓮は一瞬迷ってから、意を決したように口を開いた。
「……どうして、昨日、俺に声をかけたんですか」
九条は少しだけ目を細め、空を見上げた。
「理由、知りたい?」
「はい」
「そっか」
短く頷いてから、こちらを見る。
「昨日ね、私はたまたま資料を取りに職員室へ行く途中だったの。で、あの会話が聞こえた」
蓮は視線を落とす。
「でも、それだけなら、声はかけなかった」
「……じゃあ」
「あなたの顔」
九条ははっきりと言った。
「努力してきた人が、全部を否定されたときの顔だった」
胸が、きゅっと締め付けられる。
「私はね、生徒会長だからって理由で、いろんな生徒を見る立場にいる。要領よく結果を出す人も、最初から才能がある人も」
一拍置いて、続けた。
「でも、毎日自分を削って、それでも前に進もうとする人は、意外と少ない」
蒼い瞳が、まっすぐ蓮を捉える。
「あなたは、その少ない側だった」
「……俺は、ただ必死だっただけです」
「それができるのが、強さだよ」
九条は肩をすくめる。
「誰かの一位になるためじゃなくても、あなたはもう“走れてる”。止まってる人の言葉で、それをやめるのはもったいない」
しばらく、言葉が出なかった。
昨日の悔しさが、少しずつ形を変えていくのを感じる。
「……俺、まだ走っていいんですか」
小さな問いだった。
九条は迷いなく答えた。
「もちろん」
そして、少しだけ優しく笑う。
「今度は、自分のためにね」
校舎裏に、夕方のチャイムが響く。
「じゃあ、私はこれで。生徒会の仕事がたくさん残っているからね」
「……ありがとうございました」
「どういたしまして」
歩き出す前に、九条は振り返った。
「またここで落ち込んでたら、ここにおいで」
その直後俺の真横まできて囁いた。
「先輩が慰めてあげる」
そう言って去っていく背中を、蓮はしばらく見つめていた。
胸の奥に残っているのは、昨日よりもはっきりした温度。
走る理由は、まだ完全には変わっていない。
それでも――
もう、折れる気はしなかった。
これから紬と蓮の話が始まります、、、幼馴染ざまぁを作るかどうか悩みます。




