EP29 前日、嵐の準備日
学校祭前日。
校内はすでにお祭り騒ぎだった。
廊下を走る生徒。
段ボールを抱えて叫ぶ実行委員。
ペンキの匂いと、どこか甘い試作お菓子の匂いが混ざる。
蓮は教室の中央で腕まくりをしていた。
「背景パネル、そっち持ち上げて!倒れる!」
「ガムテどこ行った!?」
「如月!予算表の最終確認!」
四方八方から声が飛ぶ。
「順番に言え!」
それでも全部拾っていく。
机の上には資料。
足元には工具。
完全にオーバーワーク。
その横で。
「……平和だな」
窓際に寝転がる王堂。
椅子を二つ並べて、腕を頭の後ろで組んでいる。
「お前も動け」
蓮が即座に返す。
「俺は切り札だからな」
「ただのサボりだろ」
「細かいな副部長」
王堂はあくびをする。
そのとき。
教室の扉が、がらりと開いた。
ざわ、と空気が揺れる。
「失礼しまーす」
明るい声。
視線が一斉に向く。
入口に立っていたのは――
柚葉。
黒と白のフリル。
エプロン。
レースのカチューシャ。
メイド姿。
一瞬、教室が静止する。
「は?」
王堂が最初に声を出す。
蓮は言葉を失う。
「……なにそれ」
やっと出たのはそれだった。
柚葉はくるりと一回転する。
「クラスの出し物、メイド喫茶でしょ?」
当然、という顔。
「試着。問題ある?」
問題。
大あり。
男子たちがざわつく。
「似合ってね?」
「やば……」
「写真撮っていい?」
「却下」
柚葉が即答。
視線は、蓮だけに向く。
「どう?」
直球。
蓮の思考が一瞬止まる。
(似合うとか言ったら周囲が荒れる。言わなくても荒れる。)
「……動きやすいのか?」
無難な回答。
王堂が吹き出す。
「そこ!?」
柚葉の眉がぴくりと動く。
「それだけ?」
「いや、その……」
蓮は視線を逸らす。
「普通に、似合ってる」
小さく。
でも、確かに言った。
一瞬の静寂。
柚葉の耳がわずかに赤くなる。
「……そ」
そっぽを向く。
その空気をぶち壊したのが王堂。
「へぇ〜?」
ゆっくり体を起こす。
「随分素直じゃん、副会長」
立ち上がり、柚葉の前に来る。
じろじろ見る。
「でもさ」
にやり。
「メイドなら“ご主人様”って言わないと」
教室が盛り上がる。
「言え言えー!」
柚葉は一瞬だけ王堂を睨む。
「誰が」
「ほら、ご主人様って」
王堂がわざとらしく蓮を指す。
空気がぴたりと止まる。
柚葉の視線が、ゆっくり蓮に戻る。
挑戦的。
「……ご主人様?」
わざと抑揚をつける。
教室爆発。
「うおおお!?」
「破壊力!」
蓮の顔が赤くなる。
「やめろ!」
王堂が明らかに面白くなさそうな顔をする。
「は?なんでお前照れてんの」
「照れてない!」
「いや照れてるだろ」
王堂は腕を組む。
視線が少し鋭い。
「つーか」
低く。
「なんで如月限定なんだよ」
教室の空気が少し変わる。
柚葉は平然と答える。
「似合ってるって言ったから」
「俺も言えるけど?」
「聞いてない」
即答。
周囲が「おお……」とざわつく。
王堂の口角が引きつる。
「へぇ」
明らかに嫉妬。
「文化祭終わったら覚えとけよ、副部長」
「何をだ」
「色々だよ」
柚葉はふっと笑う。
「王堂、暇なら働いて」
「は?」
「切り札なんでしょ?」
痛いところを突く。
教室に笑いが広がる。
王堂は舌打ちしつつ工具を持つ。
「くそ……」
蓮はその様子を見ながら、どこか少しだけ安心する。
騒がしい。
忙しい。
でも、笑っている。
そのとき、廊下を通る生徒会メンバーの影。
九条がちらりと教室の中を見る。
メイド姿の柚葉。
赤くなっている蓮。
不機嫌そうな王堂。
一瞬だけ、目が細くなる。
そして、何も言わず通り過ぎる。
嵐は、まだ前日。
本番は明日。
そして感情も、まだ前日。
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