EP26 触れる指、刺さる視線
保健室。
午後の光はやわらかいのに、空気はどこか張りつめている。
蓮はベッドに横になったまま、目を閉じていた。
熱は少し下がったが、身体はまだ重い。
カーテンの向こうで足音が止まる。
「……入ってもいい?」
聞き慣れた声。
紬だった。
「どうぞ」
保健の先生がいないのを確認して、紬は静かに入ってくる。
手にはスポーツドリンク。
表情には、わずかな迷い。
「如月、起きてる?」
蓮はゆっくりと目を開ける。
「……あぁ」
肯定のはずなのに、胸の奥がひやりと冷える。
あの頃と同じだ。
何も言わず、全部抱えて、倒れる直前まで気づかない。
紬はその変化に気づかないまま、椅子を引き寄せる。
「無理しすぎ」
責める声ではない。
むしろ、柔らかい。
「クラスも、生徒会も、全部背負うから」
布団の上に置かれた手が、蓮の指先に触れそうで触れない。
「私、手伝うよ」
一瞬の沈黙。
「クラスのこと、もっと任せて。生徒会も……」
言葉を選び、視線を落とす。
「九条先輩に全部任せなくていい」
蓮は静かに首を振る。
「……それは違う」
声は弱いのに、芯は残っている。
紬の表情がわずかに揺れる。
「違わないよ」
少しだけ尖る声音。
「九条先輩、完璧すぎるんだよ。
如月、ああいう人に引っ張られるタイプでしょ?」
今度は指先が触れる。
「私は、横にいたい」
空気が変わった、その瞬間。
カーテンが勢いよく開く。
「……何してるの?」
柚葉だった。
視線はまっすぐ、重なった指へ。
一歩、踏み込む。
「お見舞いだけど?」
紬は手を離さない。
むしろ、わずかに強める。
柚葉の目が細くなる。
「弱ってるところに漬け込んで……恥ずかしくないの?」
空気が凍る。
蓮が起き上がろうとする。
「やめろ、二人とも――」
「「黙ってて」」
二人同時。
その迫力に、蓮は息を呑む。
紬が立ち上がる。
「柚葉こそ、何様?」
あえての名前呼び。
「幼馴染だからって、今も特別だと思ってる?」
柚葉の表情が変わる。
「それこそ、今のあなたは、蓮にとって”特別”なのかな?」
一歩、近づく。
「それに、あなたみたいに計算で動くつもりもない」
「は?」
「“協力者”ぶって距離詰めるの、バレてないとでも?」
紬の頬が赤くなる。
「私は本気で心配してるだけ!」
「ほんとに?それも計算の内なんじゃないの?」
張り詰める空気。
紬が低く言う。
「……柚葉こそ、蓮を使ってない?」
柚葉が息を呑む。
「生徒会のポジションも、九条先輩への対抗心も」
「違う」
短い否定。
「私は、蓮が無理するの知ってるから言ってるの」
視線が蓮に向く。
紬も見る。
「じゃあ聞くけど」
静かに。
「蓮が倒れた理由、どこにあると思う?」
沈黙。
やがて柚葉が言う。
「……全部」
小さく。
そこで、蓮が言った。
「俺が悪い」
二人が同時に振り向く。
「誰のせいでもない」
息は浅い。それでも真っ直ぐ。
「俺がこの選択を選んだからだ」
保健室が静まる。
柚葉が小さくため息をつく。
「今日は休みなさい」
紬も視線を落とす。
「……水、ここ置いとく」
触れていた指が離れる。
けれど。
火は消えない。
むしろ、はっきりと燃え始めていた。
カーテンの向こうで、
九条が足を止めていたことを。




