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EP24 戻り始める距離、揺れる視線

生徒会室。


紬が資料を置き、柔らかな笑顔のまま去ったあと。


扉が閉まる音が、やけに静かに響いた。


ほんの少しだけ、空気が重くなる。


柚葉は何も言わず、ペンを指先でくるりと回した。


「……どう思う?」


ぽつり。


蓮が顔を上げる。


「何が?」


「今の」


視線は資料に落ちたまま。


だが、声はわずかに硬い。


蓮は少し考えてから答える。


「協力してくれるなら助かる。人手は足りないし」


現実的な返答。


柚葉は小さく息を吐く。


「……ふーん」


明らかに納得していない声音。


「柚葉?」


「別に」


即答。


けれど“別に”のトーンが、別にではない。


九条は口を挟まない。


ただ静かに、二人を観察している。


柚葉はペンを止めた。


「昔から、ああいうタイプ苦手なんだよね」


「紬が?」


「うん」


迷いなく。


「なんでも出来て、ちゃんとしてて、でも自然に真ん中にいる感じ」


蓮は苦笑する。


「昔からだよ」


「知ってる」


即答。


一瞬、沈黙が落ちる。


柚葉はふと視線を上げた。


「……蓮も、昔はずっと紬のこと見てたよね」


刺さる。


でも責める声ではない。


ただの事実。


小学生の帰り道。

中学のグラウンド。


蓮の視線は、いつも前にいる誰かを追っていた。


柚葉は何度か声をかけた。


けれどその背中は、振り返らなかった。


「ごめん」


自然に出た言葉に、柚葉が目を丸くする。


「え?」


「昔、あんまり話せなかっただろ」


柚葉は少しだけ黙る。


そして、くすっと笑った。


「今さら?」


「今さら」


同時に笑う。


ほんの一瞬、時間が巻き戻る。


あの頃の距離。


気まずくもなく、甘すぎもしない。


ちょうどいい温度。


「……別にいいよ」


柚葉は肩をすくめる。


「今こうして一緒に仕事してるし」


「だな」


短い言葉。


でも、それだけで十分だった。


九条が静かに微笑む。


「いい関係ね」


余計な感情を混ぜない声。


その一言で、場が整う。


そのとき。


生徒会室の扉の外。


足が止まっていた。


紬。


資料の追加を届けに戻っただけ。


それだけのはずだった。


中から聞こえる、笑い声。


蓮の、自然な声。


柚葉の、少し柔らかな調子。


「今さら?」

「今さら」


その響きが、胸の奥を刺す。


(……なに、それ)


自分には向けられなかった軽さ。


自分の前では、あんな風に笑わなかった。


紬は扉越しに立ち尽くす。


中には入らない。


入れない。


(私の知らない“昔”がある)


幼馴染は、自分だけだと思っていた。


でも違う。


柚葉もいる。


そして今は――


九条もいる。


蓮の周りに、人が増えていく。


自分がいなくても、笑っている。


その事実が、何より重い。


胸がじわりと熱を持つ。


悔しい。


寂しい。


認めたくない。


それでも、扉は開けられない。


紬は静かに踵を返す。


(戻す)


失ったわけじゃない。


まだ。


そう思い込もうとする。


けれど本当は分かっている。


戻り始めているのは、


蓮と柚葉の距離であって、


自分との距離ではない。


文化祭前。


火種は、静かに増えていく。


気づかれないまま。


確実に。

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