EP22 静かに揺れるもの
文化祭準備が、本格的に動き始めていた。
廊下には装飾案のポスターが並び、
教室では模擬店の議論が白熱している。
学校全体が、少し浮ついた熱を帯びている。
その喧騒の中で――
紬の視線は、無意識にある方向へ向いていた。
生徒会室。
最近、蓮はそこにいる時間が長い。
昼休みも。
放課後も。
そして。
隣にいるのは、九条雅。
白い横顔。
落ち着いた声。
並んだときの、自然すぎる距離。
何度も、見てしまった。
見たくないのに。
「……」
胸の奥が、ざわつく。
別に、恋人じゃない。
もう終わった。
選んだのは自分だ。
王堂と付き合っている。
正しい選択をしたはずだ。
なのに。
(なんで、あんな顔するの)
蓮が笑う。
九条の横で。
あのとき自分には向けなかった、柔らかい表情。
「紬?」
隣から声がする。
王堂。
整った横顔。
余裕のある笑み。
「どうした?」
完璧な彼氏。
「ううん、なんでもない」
そう答えながら。
視線は、また生徒会室へ向いている。
扉が開く。
九条が出てくる。
続いて、蓮。
自然な距離。
近すぎない。
遠すぎない。
自然すぎる距離。
胸が、ぎゅっと締まる。
(取られる……?)
違う。
もう“持っていない”。
でも。
“完全にいなくなる”のは、想像以上に怖い。
――あのとき。
「俺、もういいんだ」
そう言った蓮の目。
あれは演技じゃなかった。
自分を見ていない目だった。
本当に、離れていった目。
紬は唇を噛む。
「……やだ」
小さく零れる。
「何?」
王堂が振り向く。
「ううん」
誤魔化す。
でも、自分にはもう誤魔化せない。
九条が蓮に何かを言う。
蓮が頷く。
呼び方は変わらない。
“如月くん”。
なのに、距離は近い。
(あの人が、変えたの?)
蓮の視線。
蓮の空気。
蓮の立ち位置。
全部。
九条が。
胸の奥で、何かが焦げる。
後悔か。
独占欲か。
プライドか。
答えは混ざっている。
けれど、はっきりしていることが一つ。
――このままは嫌だ。
その夜。
紬はスマホを握りしめていた。
蓮とのトーク画面。
最後のやり取りは、数週間前。
既読のまま止まっている。
指が動かない。
プライドが、邪魔をする。
でも。
文化祭が終われば。
もっと距離ができるかもしれない。
九条の隣が、当たり前になるかもしれない。
その想像だけで。
胸が、はっきり痛んだ。
「……動かないと」
小さく、呟く。
王堂に寄り添うだけじゃなく。
遠くから見ているだけじゃなく。
自分から。
何かを。
翌日。
紬は生徒会室の前に立っていた。
深呼吸。
ノック。
「どうぞ」
中から、九条の声。
扉を開ける。
九条と、蓮が同時にこちらを見る。
一瞬。
空気が止まる。
ほんの数秒。
でも、確実に温度が変わった。
紬は、笑顔を作る。
完璧な、何もない顔。
「文化祭のことで、ちょっと相談があって」
九条の視線がわずかに鋭くなる。
蓮の指が、資料の上で止まる。
生徒会室の空気が、静かに張り詰める。
文化祭の火種は、校内だけじゃない。
心の中でも、確実に燃え始めている。
静かな戦いが、今――
幕を開けた。




