EP2 先輩の名前
1月中に投稿したかったのですが、できませんでした、、、、
翌朝。
一ノ瀬紬は、自宅の玄関前で腕時計に視線を落とした。
「……遅い」
いつもなら、とっくに聞こえているはずの足音がない。
幼い頃からの習慣だった。家が隣同士というわけでもないのに、如月蓮は毎朝必ず迎えに来る。特別な約束を交わした覚えはない。ただ、気づけばそれが当たり前になっていた。
もう一度、通学路の先を見る。
誰も来ない。
胸の奥が、わずかにざわつく。
「……先、行こ」
小さく呟いて歩き出したが、何度も振り返ってしまう自分に気づき、紬は少しだけ唇を結んだ。
結局、校門が見えてくるまで、蓮の姿は現れなかった。
一方その頃、蓮はというと。
「やば……!」
目覚ましを止めた記憶すら曖昧なまま、慌てて制服に袖を通していた。
昨夜、帰ってからもなかなか寝付けなかった。あの言葉と、あの蒼い瞳が、何度も頭をよぎったからだ。
時計を見る。
完全に出遅れている。
「……今日は、迎えに行けないな」
呟きながら家を飛び出した。
教室に入ると、窓際の席に陣取っていた新垣信が大きく手を振った。
「おー、蓮。珍しく遅刻ギリじゃん」
「……寝坊した」
鞄を置きながら短く返す。
すると、信がニヤッと笑った。
「今朝、紬が一人で登校してたぞ。なんかそわそわしてた」
「……え」
胸の奥がちくりと痛む。
いつも迎えに行っていたことを、向こうも当たり前だと思っていたのだろうか。
昨日の出来事が頭をよぎり、視線を伏せた。
「なんかあったのか?」
「……別に」
そう答えたものの、声に力がなかったのだろう。信はそれ以上は追及せず、話題を変えるように身を乗り出した。
「それよりさ、昨日さ。お前、校舎裏にいなかった?」
心臓が跳ねる。
「……なんで?」
「いや、俺が見たわけじゃないけど。生徒会長と話してただろ?」
「生徒会長?」
思わず聞き返す。
「ほら、蒼い目の三年生。めっちゃ目立つ人」
夕焼け色の校舎裏、壁にもたれていたあの先輩の姿が蘇る。
「……あの人、生徒会長なのか?」
「は? 知らなかったのかよ。超有名人だぞ?」
信は呆れたように言った。
「三年の九条雅先輩。学内成績ずっと一位。模試も全国上位常連。しかも生徒会長」
「……一位」
その響きに、胸の奥がかすかに熱を帯びる。
「頭いいだけじゃなくて、統率力もえぐい。先生連中からの信頼も別格だってさ。去年の文化祭も、ほぼ九条先輩が仕切って成功させたらしい」
昨日見せた柔らかな笑顔と、“学内トップ”という肩書きがうまく結びつかない。
「……そんな人が、なんで俺なんかに声かけたんだ」
「気に入られたんじゃね?」
「そんな簡単な話かよ」
「でも、誰にでも話しかけるタイプじゃないぞ? あの人」
信は意味深に笑う。
「選ばれし後輩、爆誕ってわけだ」
冗談半分なのに、胸の奥が少しだけ温かくなる。
昨日、九条先輩は言った。
――比べられる場所まで来たってことは、もう十分すごい。
あれは慰めじゃなく、本気の言葉だったのかもしれない。
「……九条先輩、か」
初めて知った名前を、小さく呟く。
窓の外には、よく晴れた朝の空。
いつも追いかけてきた背中とは別に、もう一つ、新しい背中が思い浮かぶ。
そして同時に、今朝会えなかった幼馴染の姿も。
胸の奥で、何かが静かに動き始めていた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
夢中で誰かの背中を追いかけたり、何気ない一言に傷ついたり、思いがけない出会いに救われたり。そんな少し不器用で、でもまっすぐな時間を書きたいと思いながら、この物語書いています。
もしよければ、あなたの青春の一場面も教えてください。




