EP17 揺れる境界線(九条視点)
午後の光が、横から差し込む。
影が長く伸びる。
並んで歩く私たちの影も、妙に近い。
「……蓮くん」
さっき零れた呼び方が、まだ耳に残っている。
どうして。
名字で呼ぶのが、私の線引きだったはずなのに。
横を見る。
彼は少し前を歩き、荷物を持ち替えている。
頼もしい背中。
(こんなふうだった?)
違う。
……違わない。
前から真面目で、努力家で、責任感が強い。
知っていた。
それでも。
腕を支えられた瞬間。
あの距離。
あの目。
胸の奥が、ひとつ、静かに鳴った。
私は生徒会長。
彼は部下。
そのはず。
なのに、境界線が、どこか曖昧だ。
「重くない?」
自然に声をかける。
思ったより、声が柔らかい。
「大丈夫です」
即答。
その横顔を見て、気づく。
“可愛い後輩”ではない。
それ以上の何かを、探してしまう自分がいる。
足が、ほんの一瞬止まりかける。
――視線。
消えない。
人混みの向こう。
柱の陰。
ガラスの反射。
はっきりとは見えない。
けれど確実に、こちらを見ている。
偶然ではない。
距離を測る目。
そして、さっきの瞬間を――見ていた。
ぞくり、と背中が冷える。
彼はまだ気づいていない。
いや。
さっき一瞬、振り返っていた。
感じてはいる。
確信がないだけ。
私は歩幅をわずかに縮める。
気づけば、距離が近づく。
「……会長?」
「なんでもないわ」
平静を装う。
頭の中では、計算が走る。
もし学校の誰かなら。
もし噂になれば。
傷つくのは、私ではない。
彼だ。
その考えに、胸がきゅっと締まる。
夕陽が彼の横顔を照らす。
まぶしくて、目を細める。
(どうして、今なの)
冷静でいるべき立場なのに。
部活を辞めたばかりの彼を。
こんな場所で。
それでも。
もし誰かが、この距離を壊そうとするなら。
その想像だけで、呼吸が浅くなる。
私は静かに息を吐く。
距離を戻すべきか。
それとも。
踏み込むか。
そのとき。
再び、あの視線。
今度は確信に近い。
ビルの柱の影。
一瞬だけ揺れた、制服の裾。
見覚えがある。
名前が喉元まで上がる。
けれど、まだ呼ばない。
私は前を向く。
守る。
少なくとも、軽々しく触れられる距離にはさせない。
まだ言葉にはしない。
けれど分かっている。
さっきから、
私はもう、
“後輩”として彼を見ていない。
そしてその変化を、
誰かが、見ている。




